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「いてっ」
指先を肉球で殴られた櫻井は、反射的に手を引っ込める。
「あれ、どうしたんだろ？ダメでしょ、おいたしちゃ」
奈美は再び猫を抱きかかえる。
唸っていた猫は、すぐにゴロゴロと喉を鳴らして、奈美の胸元に顔を擦りつけ始めた。
「意外なライバル出現だね、翔ちゃん」
顔を引きつらせる櫻井に、雅紀が耳打ちしてくる。櫻井は「ほっといてください」と唇をへの字にゆがめた。
奈美は「ここがお家だよ」と猫を床の上に放した。
猫は一直線に櫻井の足元に近づき、足首をがじがじとかじり始める。
なんなんだよ、こいつ。
櫻井がため息をつくと、
店の中にジャズミュージックが響きだした。
大野がジャケットの内ポケットから
スマートフォンを取り出す。
「はい、大野ですが」
急患かな？
櫻井は横目で大野を眺める。
大野クリニックは基本的に予約制で診療を行っているが、月に何回か、クライアントから急患治療を依頼されることがあった。
「はあ、承知しました」
会話を終えた大野が首をひねりつつ、スマートフォンをポケットに戻した。
「どうかしたの、大ちゃん？」
「いや、梅沢社長から連絡で、すぐ家に来てほしいって」
雅紀の質問に、怪訝な表情を浮かべたまま大野は答える。
「誰かが急病になったとか？」
「はっきりしないんだよ。
すぐに来てくれって繰り返すばかりでさ」
「あれ、なにかトラブルの香り」
雅紀が唇の端を上げる。
「梅沢社長ってだれ？」
櫻井は奈美に小声で訊ねる。
「うちのクライアントの一人です。梅沢化粧品の社長さんですね」
「ああ、あの会社の」
化粧品などには疎い櫻井でも知っているほどの大会社だった。
「それで大野さん、どうするの？」
二宮がからかうような口調で言うと、大野は海でうっすらと焼けた顔にニヒルな笑みを浮かべる。
「クライアントのご依頼だ、行かないわけにはいかないだろ」
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作者名：未翔
| 作成日時：2021年11月9日 16時
