No.155 ページ5
別に飲み物がなくても構わなかったけどと思いながら
取り残されてしまった俺はぼうっと家の中を見る。
……妹いたんだ、と
意外に感じている自分がいた。
「あの」
急に背後から声がかかったので振り向く。
「お姉ちゃんの彼氏ですよね」と言う、
木ノ下さんの妹がいた。
「……そうだけど、もしかして君は……」
「はい、私は妹です。
初めまして」
ぺこりと頭を下げる彼女に、俺も頭を下げた。
にこりと笑顔を浮かべて彼女は快活に話し出す。
「さっきまで二階でごろごろしてたんですけど、
ちょうど姉が出ていったし聞くにはいい機会だなあって。
タイミング、よかったんです」
「……なにか俺に聞きたいことがあったの？」
「そうです。
……っていっても大したことではないんですけど。
聞いてもいいですか？
ちょっと気分害しちゃうかもですが」
「……構わないよ、俺も聞きたいことがあるんだ」
「――へえ、奇遇ですね」
もしかして同じことかもしれませんよ、と
彼女は冗談めかして言った。
「私の聞きたいことはひとつです。
姉が――お姉ちゃんが、
泣いたことがありますか」
――数秒、返答に困った。
でも、嘘はつきたくなかった。
「……あるよ」
そうですか、と言って妹さんは息を吐いた。
「――それを聞いて安心しました」
俺は少し驚く。
てっきり、罵声の一つても吐かれると思っていた。
「……どうして、そんなことを？」
妹さんは顔を曇らせた。
「お姉ちゃんは本当に辛いときこそ、
……泣けないんです。
それが、私達家族がいじめに気付かなかった最大の理由です。
お姉ちゃんは一度も学校に行きたくないなんて
言ったことはありませんでした。
ただ辛いこととか苦しいことを全部自分の身に抱え込むばっかりで、
決して他人にそれを見せようとしなかった。
……そうやって、
お姉ちゃんは誰にも頼らず、
どこにも逃げることなく、
……その一年間を過ごしたんです」
……木ノ下さんは本当にずっと、たった独りだったのか。
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作者名：いちご | 作成日時：2020年2月16日 20時
