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コツン、と硬質な物同士がぶつかった甲高い音が鳴り響いてうつらうつらとしていた意識が浮上する。ぼんやりとした視界の真ん中で、私が態々持ち込んできたマグカップに描かれた猫ちゃんの大きな瞳が不思議そうに私を見上げた。寝落ちしそうになってたらしい。
「A、」
『ん〜？』
「はは、もう寝るか。付き合ってくれてありがとな、送るぜ」
『……うん、ありがとう』
私のカップも取ってシンクに向かう千切君。私がやるからと言っても「付き合ってくれた礼、にはならないかもだけどさ」とはにかんで言う彼にあっさりと折れて、カップを洗う彼を椅子に座って静かに眺める。少しは気持ちも落ち着いた様で何よりだ、先程酷い顔色はしていない。
キュッ、と蛇口を捻る音に席を立てば、水に濡れた手を振って水気を落とし終えたらしい千切君が「じゃ行くか」と私を振り返った。言ってくれればハンカチくらい貸したのにな、と思いながら頷く。
「ん。ほら」
『あ、ありがとう……』
電気を消した私に手を何気なく差し伸ばした彼に一瞬何事かと首を傾げるが、暫くして漸く意味を理解する。暗くなったから転ばない様にと気を遣ってくれたのだろう。繋いだ瞬間はまだ水気が残っていてしっとりとしていて冷たかったが、「慣れない事はするもんじゃ無いな」と言って離した時の彼の手はすっかり熱くなっていた。
暗闇でも分かる程耳が赤くなっているのにクスクスと笑えば、彼は恨めしそうに私を横目でジロリと見つめる。ごめんね。
『千切君の部屋、たしかこの辺りでしょう？ 後は一人で行けるからゆっくり休んで』
「いや、送るって。こんな時間とは言え男所帯の紅一点だろ」
『うーん、大抵の人は私の顔にまだ耐性がついてないから大丈夫だと思うけど』
「だとしても心配なんだよ」
すっかり寝静まっているだろう頃合いなのも考慮して、小さく内緒事を話す様に小さく囁いて声をかける。必然的に縮まった距離にたじろいだ彼に押せば行けるかなと思ったが、しかし心配性なのか彼は中々引かなかった。
送ってもらっても大丈夫だろうが、他の棟に迷い込むかもしれない可能性を思うとやはり不安要素は取り除くべきだろう。
『おやすみ千切君。明日も頑張る千切君の姿が見たいな』
「っう、……顔が良すぎんだよな」
『お互い様だよ』
「流石にAには負けるわ」
顔を押さえた手の、指の隙間から漏れ出たくぐもった彼の「わかったよ」の声に笑みを深める。元気そうで何よりです。
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作者名：信楽
| 作成日時：2022年12月25日 2時
