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手首を怪我しているというのに、余程気が落ち着かないのか手を動かして沈む氷織君の様子に『ねぇ』と声をかければ、彼は慌てて弾かれた様に顔を上げて私を窺おうとする。

そして、恐らく険しい表情でもしていると思っていたのだろう。私の笑みにその大きな瞳を溢れんばかりに見開いて、それから安堵した様に「良かっ、た」と気の緩んだ笑いを浮かべた。手っ取り早い方法とはいえ、想像以上に不安に思わせたみたいで申し訳なかったかな。



『慣れてるから気にしないで、と言っても氷織君は優しいから気にしちゃうんだろうけど……でも、大丈夫だから』
「……ん、せやな。月野さん、僕の想像以上に強かやし」
『ふふ』
「………ほんまに、かわいいわあ」



この顔と十何年と一緒に過ごしているのだから、慣れてしまうのも当然だろう。力では劣るがいざと言う時にはスタンガンもあるし、と腰につけたポーチからスタンガンを覗かせれば彼は「あはは、杞憂やったね」と擽ったそうにのどを鳴らして綺麗に笑った。

薄く目尻に浮かんだ涙を拭いながら、しみじみと目を細めて私を見つめて言う氷織君。いきなりの事で一瞬反応が遅れたが、『ありがとう』と笑顔で返せば彼は「月野さん、ほんまに可愛ええんやもん」と繰り返す様に言う。



「月野さんにはかっこええとこを見せたかったのに、全然ダメやね。あんまりにも可愛ええもんやから、流石にドキドキしてまうわ」
『氷織君も可愛いよ』
「え〜? それは複雑やわぁ」



からかった訳では無いのだが。「もぉ」と頬を小さく膨らませる氷織君が本気で可愛い。だが確かに、男の子に可愛いは人にもよるだろうが褒め言葉にはならないか。



『これから幾らでもかっこいいところを見せるチャンスはあるよ。だから、早く手を治さなきゃね』
「せやね。………な、それって、月野さんも会いに来てくれるって事?」
『うん、氷織君が勝ち残ったら会えるよ』
「やったら頑張らな」



一次選考がすぐそこにまで迫っている事は選手には秘密だが、何かあるという事は彼等も薄々勘づいてはいるだろう。サッカーは勉強中なので表に出てサポート出来る事は殆ど無いが、一次選考中は全ての棟を回る事になるので活躍して残る事になれば必然的に会う機会も増える。

遠回しで控えめだろう私の応援に、氷織君は嬉しそうに柔らかくはにかんでみせた。私よりも笑い方が可愛い気がする。

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作者名:信楽 | 作成日時:2022年12月25日 2時

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