『文豪ストレイドッグス』飲んで呑まれて愛を引く<短編集>

※ ページ50

却説、其れから。
迎えに来た中原さんが誘ってくれたので、素敵なBARで、静かに呑む。コペンハーゲン。爽やかな酸味が口に広がる。

「はぁ……でも気持ち良かったなぁ……」
「まだ言ってンのか、このド変態女……任務を手前自身を慰めるのに使うンじゃねェよ」

酒を飲みながら、静かなお説教をされる。何回目かなので、あんまり怖くないけど。
グラスを片手に、よく使うナイフを手で回す。この性癖については思う所が山程ある。

ハニートラップなんて、私が出来る訳もなく。気付いたら除外されていた。

「聞いてンのか？A？」
「え、何ですか」

意識を現実に戻すと、中原さんはコメカミに血管を浮かせて、表情を引き攣らせた。心無しか、声が低い。其の声でも叫ば(なか)せてみたい。

「手前ッ……いい加減にしろよ……あんな任務、本来ならあんな時間は掛かンねェだろうが！パッと殺って帰ってこい！」
「え……じゃあ、プライベートで殺人起こせと？」

問い返すと、言葉に詰まる中原さん。私はグラスに視線を戻して、黄色い酒を見詰める。
私だって、好きでやってる訳じゃない。普通の性癖を持っていたら、こんな事はしない。

「あー……まァ、アレだ。毎日やるこたァねェだろ」
「切ってたら興奮しちゃうんですもん」
「最低か」

溜息を吐かれる。納得はいかないが、其れでも普通なら斯ういう反応にもなるのだろう。唇を引き結ぶ。
頬に手を当てられた。強制的に中原さんの方を向かされる。

「手前な……ちったァ努力する事を覚えろよ」
「……すみません」

謝る事しか出来ない。性癖はどうしようもないのだから。逸らした視線は何処にも行き着けず、宙を彷徨う。

頬にあった手はスルスルと私の顎に移動し、私の顔を上げさせる。近付く中原さんの顔。唇と口内に温かい感触。

ぬるついた舌にも、噛み付くような唇にも、先程はあんなに興奮したのに……今は何も感じない。ただ、何も無い。『やってるだけ』の行動。

唇が離れる。中原さんの瞳が欲に濡れる。

「……A。手前は何時も然うだ。俺からの行為は澄ました顔して受け止めやがる」
「何も感じませんから。切ってないと、何も無いんです」
「……胸糞悪ィ……」

常人からすれば、屹度、私の行為は異常で理解が出来ないのだろう。だが、私からすれば常人の行為の方が理解不能だ。よくもまあ、そんな事だけで興奮出来るものだ。

上司の舌打ち、溜息。其処にある感情を私は知らない。知らずに、また私は繰り返す。

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