『文豪ストレイドッグス』飲んで呑まれて愛を引く<短編集>

ガルフストリーム『太宰治』※嘘吐き姫さんリクエスト ページ43

とある探偵社員。彼はとある一軒家を訪れていた。

何故か。それは『金魚が空を泳いでいる』『アスファルトに薔薇が無数に咲いている』という近隣住民の通報を受け、異能力の可能性を疑ったから、という理由である。

「全く……如何して私単体で向かっているのだろうか……」

男、太宰治は軽いため息をついた。家の玄関前に立ち往生。悩みに悩んだ末に、インターホンを押す。独特の電子音は響く。返事の代わりに、海月が空を泳ぎ男の元へと近付く。

「おや、これは珍しい。感電自｡殺もアリかもしれないね」

男が巫山戯た事を口に出しながら海月に触れる。セリフとは裏腹に、男は感電しなかった。海月が霧のように消え去ったからだ。

眉を下げて笑い、彼は家の扉に手を掛ける。開いた。

「もしもーし！返事が無いなら入ってしまうよ！」

其の声には誰も答えない。家の中は水族館の様に様々な魚が泳ぎ回っている。男は流れに逆らい、出処を探した。水中である様な雰囲気だが、家具は濡れておらず、男の呼吸は安定して出来ていた。

家の奥にある、日当たりの良さそうな部屋。魚や水は、どうやら其処が原因で出現しているらしい。

「……誰？」

部屋に入ると、其処には一人の女性。髪がゆったりと揺れる。絵筆を持ち、何も無い空中に海豚を描いていた。描きかけの海豚はキュイキュイと鳴き、女を急かす。

「私は探偵社員、太宰治だ。今日は、可憐なお嬢さん」
「……そう」
「連れないねぇ。此れは君が出したのかい？」

女が頷く。反射して揺れる光は、正に水中の様。男の口からは漏れていない気泡が、女の口からは出ている。だが、女も呼吸は出来ているようだ。

彼女は軈て、男から目を離す。
一つのグラスを手に取った。口を付け、辺りと同色である海色のカクテルを嚥下。

途中だった海豚の尾が描き終えられる。海豚は満足そうに鳴き、男が見てきた魚達の様に外へと泳ぎ去ってしまう。

「……私は画家。キャンバスを使わない画家」
「キャンバスが無いなら、どうやって描いているのか……教えてくれないかな？」
「……此れは私の力。この水も、魚も、描いた」

女は自分の飲んだ酒に筆を附け、空中に掌大のクリオネを描く。小さな其の姿は、優雅にふわふわと浮き、泳ぎ回る。男はその光景に目を細めた。

「綺麗な力だね」
「有難う」
「君、名前は？」

男の問いに、女は一呼吸置く。男の目を見詰めた。彼女の笑顔は、彼女の描いた光景の様。儚く、美しかった。

「A。宜しく」

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