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「惜しいな」
「何がですか?」
「10年前の君を手折れるなんて贅沢だ」
口をひん曲げてヒバリさんを見た。くつくつと喉で笑うヒバリさんはそれすらも愛しいとばかりに僕を見つめる。調子が狂って目を逸らした。早く行きましょうとヒバリさんを急かす。
なんとなくこれが最後になるんだろうと思った。直接的な言葉を避けていたヒバリさんが惜しみなく言うから、たぶんそうなんだろうなって。
敵のアジトに乗り込めば余裕はなくなるだろうから、僕も今のうちに言いたいことくらい言っておいてもいいのかもしれないね。
「ヒバリさん、ありがとうございました」
「……」
「正直に言えば、ムッとすることもたくさんありましたけど。10年後の僕の気持ちも痛いほど分かりましたし」
ズキズキとオブセッションマークが痛む。ぎゅうと胸元を握りしめて笑った。少しでも感謝の気持ちが多く伝わるように、と願う。
「だからこそ、それは10年後の僕にあげてください。僕は怖がりだから、たくさん愛してあげてください。僕はあったかもしれない未来が見れただけで十分幸せなので、この時代の僕を大切にしてくれればムッとしたことは水に流します」
これがこの時代の僕と、今の僕の分岐点だ。枝分かれしていく未来だ。僕のこの感情をここに置いておこう。
夜を生きるんだ。霧の森を歩むんだ。そこにこれはいらない。穏やかな別れはもう望まない。決別しよう。僕が僕であるために。
「……それが君の答えなんだね」
「はい。10年後のヒバリさんに言うのは少し卑怯かな、とは思いますけど」
「構わないよ。君の選択に僕がとやかく言えるわけではないから」
目を伏せたヒバリさんは何かを言いかけて首を振る。行こうと先を促されて歩き出した。
──10年後の僕へ。僕には勿体ないぐらいの良い人でした。この先も後悔しないように、されないように、歩んでくれたら、僕はとても幸せです。
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作者名:怜 | 作成日時:2022年10月24日 23時