＊＊＊ ページ28
徐々に気分を持ち直したマティアは、まず自分の現状にため息をついた。碌な精神状態じゃなかったせいで、自分の身なりに気を使うこともできず、髪も肌もボロボロで、着ていた服はほつれ、穴が空いていた。
せっかくの美人が台無しだと整えようとしたが、そのときのマティアに優しくしようという人間はいなかった。
そこでマティアが思いついたのは強奪や盗み。悪行ばかり働いてきたため、まともな倫理観はなく、ただ自分さえ良ければいいとなんでもやってみせた。ただひとつ、殺しを抜いて。
マティアはその手で人を殺したことがない。処刑というものでも、自分の手は汚さず人にやらせるという徹底ぶりだった。その一線だけは超えまいとしていた。
結果として17歳のとき、それも超えてしまった。それから1年後暗殺部隊というものに自ら志願し、ヴァリアー幹部補佐へと昇り詰めたマティアは『ラッキーな狂人』と揶揄されていたのだが、閑話休題。
マティアの人生は全てあの“使徒の戦い”で無に帰した。今まで運が良かったのも、少ない天寿では生まれ持った運が使い果たせず詰め込まれていたのだろうと、マティアの死後ベルフェゴールは言う。
「まあ、あいつはAに殺される運命だったってこと」
「馴れ馴れしく呼ばないでもらえます？」
「そうカッカすんなって。王子がこうして一緒にお茶してやってんだから、感謝しろよ」
「頼んだ覚えもないですけど」
王子と信者が対面する昼下がり、話題の一つとして挙げられた話は間を繋ぐ役割として役立たなかった。
「偽者の話とか、キョーミない？」
「終わった話ですよ。僕はあれのことなんて心底どうでもいい」
「ま、オレもどうでもいいけどさ」
ティーカップの縁をなぞり、ベルフェゴールは前髪の奥から目の前に座るAを見る。あの日見せた強者としての気迫は隠れており、どこにも見当たらない。ジャッポーネの諺でそういうのあったよな、とベルフェゴールの視線は斜め上に向けられる。
ぼんやりと思考の海を泳いでいるベルフェゴールは突如耳に入った着信音で現実へと戻った。
「行かなきゃ」
「はあ〜？王子置いてくとかナニサマ？」
「信者さま、ですかね」
にんまりと口角を上げたAが伝票を持って歩いていく。ベルフェゴールはその後ろ姿を見送って口笛を吹いた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 38人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：怜
| 作成日時：2022年10月11日 19時
