【番外編】分岐点は大昔、今では全て過去のこと。 ページ25
彼女の名前はマティア。イタリアの小さな村で生まれ育った齢23になる女性だ。開花した才能を持って、入隊から4年でヴァリアー幹部補佐へと昇り詰めた実力者だ。見目も外国人らしく整っており、性格が悪いことを除けば、文句なしの人材だった。
彼女はその昔、村に起こった厄災について話そうとしたことはなかった。上司であるヴァリアー幹部にも自ら話題に出したことはない。ヴァリアーのボスであるザンザスは彼女の過去など興味がなかったし、信頼を置く部下の1人にも話さなかったのだから、彼女の過去を正しく知るものは奥に仕舞い込んである書類という紙切れだけ。
それも暇人なら読んでいるかもしれないが。ともかく、彼女は誰にもその過去の詳細を話したことがない。
彼女はそれを墓場まで持っていくつもりだった。なにせ話そうとすれば、脳裏に甦る記憶が忌々しく、頭痛まで引き起こすのだ。それ故に過去の話は嫌いだった。
5歳のとき“神の使徒”として選ばれたあの瞬間から彼女は小さな村の神となった。使徒とは名ばかりの独裁者になったのだ。
マティアが是と答えれば、村の人は心の中でどう思っていようと是と言うしかない。マティアが否と首を振れば、村の人は反抗せず首を横に振るしかない。
幼少のマティアには判断能力はなく、毎日毎日教会に赴き、祈りを捧げる。それでも判断を乞われれば、両親に相談し、その結果をマティアの判断として用いた。
おかしいと気付いたのは10歳の頃だった。同い年の子と比べて──と言っても小さな村には子どもが少なく、比較ができるほどではないが──精神的に成熟するスピードが早かったマティアは両親の欲深い目を苦手とするようになった。
しかし、その頃にはもう遅く、小さな村は貧困に喘ぎ、マティアの家だけ裕福であった。“神の使徒”とは恐ろしいものである。幼いながらに直感したことは正しい。
幼いマティアはもう嫌だと両親に訴えかけたことがある。両親はそれを子どものイヤイヤ期だと受け取り、マティアを諭すように言った。
──“神の使徒”に選ばれることはとても名誉なことなのよ。
──うちがこんなにも裕福でいられるのはマティアのおかげなんだ。
──ほら、向かいの方はマティアのおかげで飢えることはなかったわ。
──でも今度は金銭的余裕がなくなったらしいぞ。またマティアが助けてやってくれ。
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作者名：怜
| 作成日時：2022年10月11日 19時
