そういえば ページ8
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背後から扉の開く音がして、私は勢いをそのままに椅子へと腰を戻す。
山本くんと同時に扉の方を見やれば、そこにはコンビニのビニールを片手に不思議そうな顔をしている福良さんがいた。
「……え、何?」
福良さんは山本くんを見、そして切羽詰まった私の顔を見てはぎょっとし、怪訝そうに一言。
余裕のない私は下手くそな愛想笑いを浮かべることしかできない。ここでスマートな対応ができたら良かったのだけど、そんなのできてたらこんな状況になっていないのだ。
「おはようございます、福良さん」
一方の山本くんはけろりとした顔でそう挨拶をしてのけ、いつもと何ら変わらない様子。
それを見た福良さんもまあいいかと思い直したらしい。今度の企画で使う小道具のことを話しつつ、手近な椅子に腰掛けた。
……何だろう、この余裕の違いを見せつけられた感じ。いやそもそもこんなんになってる原因も山本くんなんだけど。
「───あ、そういえば。」
第三者がいるからだろう。流石にこの場では結婚だなんだと言い出さない山本くんにホッとしていれば、今度は福良さんがそう手を叩いた。
パッと顔を上げて見やると、福良さんの視線は何故だかばっちりと私を捉えている。
……何だ、この嫌な予感は。
「Aと伊沢って明日誕生日だったよね。5月16日。」
や、やっぱり……!!
粗方予想していたというか、この日この状況で『そういえば』なんてこのことしかないとは思っていたのだけど、今その話題は非常にまずい。
ついでに加えられた伊沢の名前にも今や恐怖しか感じられず、口がぱっくりと開き自分でもわかるほど目が泳ぐ。
視界の隅ではそんな私を見た山本くんがこっそり笑いを堪えていた。誰のせいだと思ってるんだ。
「あれ?違ったっけ」
「……あー、いや、そうですね。誕生日です、ハイ……」
「あ、そうだよね。良かった」
こっちは何も良くないと言いかけたけれど、福良さんには何の罪もないから黙っておくしかない。
ついに山本くんが吹き出す。そんな彼をキッと睨み付けた私をよそに、福良さんはビニール袋に手を入れつつ話を続けた。
「さっき伊沢と話してたんだけどさ、一応30歳って節目だからまた店かなんかでお祝いしようって。
ほら、最近忙しかったしちょうど良いでしょ。」
30、伊沢、節目。
今の私にはどれも重い言葉が突き刺さり、遂に私は相槌すら返せなくなった。私にどうしろと言うんだ。
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霞(プロフ) - すごく好みの雰囲気です…。更新楽しみに待ってます!!頑張ってください (2021年2月23日 23時) (レス) id: 15ecf1a3d4 (このIDを非表示/違反報告)
オレオ_ッピ推し(プロフ) - 何この話どタイプ……気長に更新を待ちます。( ºωº ) (2020年11月5日 1時) (レス) id: dfcf88994a (このIDを非表示/違反報告)
りんご(プロフ) - 私も大好きです…更新楽しみにしてます( ^ω^ ) (2020年10月29日 21時) (レス) id: cb54059665 (このIDを非表示/違反報告)
こあら(プロフ) - 何これ好きぃ……………… (2020年10月19日 8時) (レス) id: df8e2a19f1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2020年10月9日 19時