キャパオーバー ページ12
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「そんで、こっちの店は割と駅が近くて、」
が、伊沢はそんな葛藤を知る由もない。一軒目の話もまともに聞けちゃいない中、伊沢のプレゼンは二軒目の店に入った。
……ここまで来るともうコイツが悪いような気さえしてくる。何なんだ本当に、何なんだ。私をどうしたいんだ。
そもそも何故スマホの小さい画面を二人で共有しようとしたんだ。そこのパソコンでやれパソコンで。
右半身だけが異様に熱を持っている気がする。本格的にプレゼンも頭に入らなくなってきた。
これはまずい。私自身のメンタルを見誤った。
近いだけでここまで動揺してしまうとは、流石に、
「A?……聞いてんの?」
───なんて、そんなことを考えていたせいか、私は伊沢への相槌をいつの間にか疎かにしてしまっていたらしい。
私が聞いていないと思ったか、骨張った手がそんな言葉と共に私の右肩を叩く。
それを脳で認識するよりも先だ。
気を張り巡らせすぎたせいで素晴らしく神がかっていた私の反射神経が、左の手に「身を守れ」と命じてしまって。
「ッ、」
……次の瞬間、パッシィンと、それはそれはもう綺麗な音が鳴った。
あまりにも綺麗に音が響き、福良さんや山本くんを含めオフィス内が静寂に包まれる。エアコンですら動きを止めているかのようで。
数秒遅れ、やっと自分のしでかしたことを理解した。
肩に触れた伊沢の手にすこぶる驚き、その手をフルパワーではたき落としたのだ。
「……あっ、えっ、あっ、……ご、ごめ、」
いくら何でも手を出したのなら悪はこちら側。私ですら自分がやらかしたことにひどく驚き、わたわたと視線を動かしながらひとまず謝った。
驚いた顔で私と叩かれた手を交互に見る伊沢。それから突き刺さる福良さんと山本くんの視線。その上に覆い被さる自身への驚き。
案外容量が少なかったらしい脳はもうキャパオーバー寸前。勢いのままに立ち上がった私は、大きく息を吸って。
「わ、わたし、……ットイレ!!!」
アラサーの女が何叫んでんだろうと思った。元気良くお手洗いに行く旨を伝えるなんて幼稚園児か。
ともかくこの場にいたらいつ爆発四散するかもわからない。誰の返事も聞かずに私は扉の方へ駆け、後ろ手で扉を締める。
本当にまずい、最早誰のせいなんて言い訳もできない。
……たかだか3年前、しかも飲みの席での約束にここまで振り回されるなんて、本当に情けなさすぎやしないか。
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霞(プロフ) - すごく好みの雰囲気です…。更新楽しみに待ってます!!頑張ってください (2021年2月23日 23時) (レス) id: 15ecf1a3d4 (このIDを非表示/違反報告)
オレオ_ッピ推し(プロフ) - 何この話どタイプ……気長に更新を待ちます。( ºωº ) (2020年11月5日 1時) (レス) id: dfcf88994a (このIDを非表示/違反報告)
りんご(プロフ) - 私も大好きです…更新楽しみにしてます( ^ω^ ) (2020年10月29日 21時) (レス) id: cb54059665 (このIDを非表示/違反報告)
こあら(プロフ) - 何これ好きぃ……………… (2020年10月19日 8時) (レス) id: df8e2a19f1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2020年10月9日 19時