クロネッカーが見た三千世界〈 QK 〉

しのぶれぬ - 9 ページ9

side : kwmr




───大きく大きく、心臓が鳴る音がした。




遠慮がちに発せられた『嫌いじゃない』。

その赤らめた頬だとか、僅かに震えだした右手とか。





……全てがどうしても、期待を煽ってしまって。




好きだなんて言葉も聞いちゃいない。


ただその表情が、声色が、何よりも視線が雄弁だったから。




途端に言おうとしていた言葉が全部出てこなくなってしまった。

胸の昂りだけが熱を主張し、早鐘を打つ心臓とは対照的に頭は全く動かず。





きっぱりと振られたわけじゃない。


一番欲しかった言葉を言われたわけでもない。



その、『嫌いじゃない』の真意というのは。







「……そう。」





粋な言葉を返せるわけがなかった。


Aの右手を掴んでいた手を離す。もう帰って良い、の合図のつもりだった。




明確な返事が欲しくって、何より彼女と話したくてこうやって行動を起こしたわけだけど。僕は案外チョロかった。



話せただけで、嫌いじゃないと言われただけで満足してしまったから。




Aは解放された右手の拳をきゅっと握り、最後に一度こちらを見やる。


まだ頬の赤みが消えていない。

喉の奥が締め付けられるような感覚。今すぐにでも抱き締めてしまおうかと思ったけれど、すんでのところで自制心が働いて。






「……ありがと。…今はそれだけでいいよ。」





十分。本当に十分すぎた。

悪い印象を持たれていないことは明らかだったし、となれば明日から避けられたとてこちらから話しかければいい話。



明確な返事はまたAの整理がついた頃だ。大丈夫、今まで待てたのだから今度も待てる。



ばいばいと片手を振った。

もう暫くは見れないだろうからと照れた彼女を瞼に焼き付け、瞬きを、して。








「……っ、あの！」






Aが、一際大きな声を上げた。



動かそうとしていた足を止める。未だ頬の赤いAは、しっかりと一点、僕を見つめ。



　




「………お友達、からで。


　……お願い、します。」






小さな、小さな声だった。



言い切るやいなや、Aは十分に履けていない靴もそのままにダッと走り出す。シャンプーの匂いが香った、気がした。





勢いよく閉じた扉。


残された僕と、未だ噛み砕ききれない言葉。






───お友達、から？




……それって、つまり、そういう、








「……あーくそ、…ずるい」






こんなの、そりゃ期待してしまうよ。ねえ。






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