クロネッカーが見た三千世界〈 QK 〉

閑話 - 隙あり ページ49

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「河村さん河村さん」



「……」



「これ、何て読むんですか？」




どこかワクワクした様子でA4の紙を押し付けてくる後輩の声に、一気に疲れが溜まったような気がした。



──時刻は昼過ぎ。ちょっとした休憩にコーヒーを飲んでいた僕に構ってくるこの後輩は、名をAという。


コイツは何をどう間違えたのだかえらく僕に懐いており、事あるごとにこうして構ってくるのだけれど。




「……A」


「はい！」


「今忙しいんだけど」




…それがまあしんどいこと。成人しても衰えることを知らないAのパワフルさは、順当に年齢を重ねてきた自分にはまあキツい。


故にこうして幾度となく追い払い、心苦しいが平穏を保っているわけなのだが。




「えー、コーヒー飲んでるだけじゃないですか」


「そう見えても忙しいの。お前に構ってる暇ないし」


「でもさっき須貝さんとは楽しそうに話してましたよね？」


「……」




……そう、この後輩、遠慮を知らない。

的確に痛いところを突いてくるし、どう思われようが知ったこっちゃないのかズカズカと踏み込んでくる。距離感もクソもない。




「……もうわかった。……で、何の用？」


「えッ、やった！あのあの、それの読み方教えてほしいんです！」




で、結局こっちが折れるのがいつもの流れ。

今日もその例に漏れず、早々に諦めることを選択した僕は押し付けられたA4の紙を指で摘み上げた。



A曰く読み方がわからないらしいのだけど、はて一体。





「……」


「どうです？わかります？」





無駄にきゃいきゃいした様子でこちらを覗き込んでくるAに、思わずじとりとした視線を向ける。



────『隙』。

A4の紙に大きく大きく、黒のマジックで濃く書かれていたのはその一文字だった。



……なんて古典的な。


Aがはしゃぐ理由がわかった。アレだ、『隙』という漢字の読み方を教えてと問い、相手に「すき」と答えさせるアレ。

一時流行ったのを覚えている。想い人に問うて告白される気分を味わうのだとか。



……全く、コイツは一体僕に何を期待しているのだろう。大して面白い反応もできないのに。






「………、『きらい』」



「……えっ？」



「それの読み方。きらい。」





Aは数度瞬きをする。


そして僅かに目を見開き、口をぱっくりと開けて。









「────うそ、『すき』。」








そう続いた僕の言葉に、今度は顔を赤くさせた。






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