#8F6552 - 4 ページ41
side : sgi
時計の秒針に少しだけ触れてしまったときのような、そんな空白さえも愛おしかったのだ。
一瞬だ。一瞬。
一瞬だけ風が止み、一瞬だけ虫さえもが押し黙り、一瞬だけ向こうの喧騒がぴたりと止まり。
そんなはずもないのに、この場に彼女と俺のふたりしか存在していないような感覚に陥って。
「………狡く、ないですか。」
Aちゃんは表情を変えない。
「……何が?」
────否、恐らく変えられない。
「……全部です、」
「……」
「全部、ずるいです。」
そう声を絞り出したと同時。彼女はそっと顔を俯かせ、もう俺と目を合わせてくれなくなってしまった。
何かを堪えるような、そんな寂しい間が訪れる。
──── “あの日” 以降、俺と彼女はこうして直接的な話をしてこなかった。
俺もこの子も触れたところでどうにもならないことを知っていたし、事実どうしようもなかったからだ。
勝手に失恋したというのに俺はひどく我儘だった。
今もなお彼女を、Aちゃんを忘れられず、こうして発破をかけるためと自身を騙して身勝手に想いを伝えて。
────そのくせさっさと終電が過ぎ去ればいいのになんて、どれだけ自分勝手なのだろう。
「………寂しいです。」
「……うん。」
「まだ一緒にいたいし、話してないこともたくさんあるんです、」
「………」
「寂しいんです、すっごく、」
「辞めてほしくない。」──彼女は最後にそう言い、もう他に言葉を発さなかった。
そっと空を見上げる。
フィクションであるような、雲ひとつない星空がこの東京で見られるはずもなかった。厚い雲と雨上がりに覆われた空がじいと俺を見つめている。
────わかってたんだよな、全部。
アイツがAちゃんにとってそれほど大きい存在だったってことも、俺に道が残されていなかったことも、全部。
それでも僅かに夢を見てしまったのだ。
もしかしたらって、可能性があるんじゃないかって、そう思って今ここに。
寂しいとか、辞めてほしくないとか、好きだとか。
そんな言葉のひとつひとつを俺にくれるなら、今すぐ君を強く抱きしめて幸せにしてあげられるのに。
「────…それを伝えるべき人は、俺じゃないでしょ。」
………でももう、俺ができるのはこうして君の背中を押すことだけなんだよな。
→
1626人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「QuizKnock」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
noi - すみません。小説とあまり関係ないかもしれませんが、「リザルート」ってどんな意味なのですか?よく似た響きで「リゾルート」という音楽用語はあるのですが、聞いたことがなかったので気になってしまいました。 (2022年11月27日 20時) (レス) @page29 id: f637924c1f (このIDを非表示/違反報告)
橘美桜(プロフ) - 初めまして、最近こちらの界隈にはまった者です。290円さんの書かれるお話がとても大好きで何度も何度も読み返しております。ひっそりと『マリア・テレジアへ賛美歌を』のAルート、Bルートお待ちしております、本当に素敵な作品をありがとうございました! (2021年10月7日 19時) (レス) id: 0e6ceacda8 (このIDを非表示/違反報告)
りべろ(プロフ) - 初めまして…!290円さんの書くお話がとても好きです… 疑問なんですけど、『マリア・テレジアへ賛美歌を』の意味を教えていただきたいです!これからも応援してます! (2021年7月2日 22時) (レス) id: d1e6d9dde1 (このIDを非表示/違反報告)
春(プロフ) - 初めまして!290円さんの書くお話がとっても好きで何回も読み直してキュンキュンしてました、、。最後のお話、涙が止まらなくて朝から泣きながら読んでます、、。続編楽しみにしてます。これからも応援しています! (2020年10月11日 6時) (レス) id: b2b76b14bb (このIDを非表示/違反報告)
早瀬 - 更新お待ちしておりました!綺麗な世界観がとても好きです。これからも楽しみにしています! (2020年7月15日 14時) (レス) id: 0963beb20e (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:290円 | 作成日時:2020年3月13日 20時