指揮棒を握るのは君である - 13 ページ35
side : kwmr
固まったままのA。
段々と数を増していく人混み。
取り消しなんてできない言葉。
「…………河村?」
───図ったようなタイミングで現れる、恋敵。
息を切らしている様子から見るにきっと急いで来たのだろう。よほどAが心配だったのか、それとも俺を警戒してのことなのか。
小さく俺の名を呼んだ福良はAを見、俺を見、そしてもう一度Aを見る。
視線を向けられたAは瞬きひとつしていない。混乱に混乱が重なって処理しきれていないのだろう、察するまでもなく俺のせいである。
それに反して俺は不思議と冷静で。少なくともこんな状況でも独白を紡げる程度には平常心だと言っていいらしい。
Aが俺の数百倍は驚いていたからだろうか。目の前でフリーズしているAの姿は割と笑える。
「………なんで、2人が一緒にいるの?」
大きな間を経て落とされたそれは、福良からしたら当然の疑問である。
自身を待っていたはずの彼女と先に帰った同僚が一緒にいるシチュエーションなんてそうそう出くわすまい。俺だって自分がこんなことをしているのに驚いていると言うのに。
Aは何も言わない。…否、恐らく言えない。
そりゃそうだ。この場で発言すべき人物は間違いなく俺なのだから。
「…福良、」
───果てさて、この場では何を言うのが1番正しく、そしてベターなのだろうか。その前に模範解は存在し得るのだろうか。
恋愛に教科書はないと言うけれど、それなら恋愛の指南本は何にあたるのだろうね。参考書?
「ごめん。」
俺なりの最適解は、この言葉だった。
謝罪。3文字3音の、非常に簡単で重い言葉。
別に俺はAを勝手に連れ出したことに罪悪感の類を感じているわけじゃない。
しかし約束し、Aに宣言したのである。「福良には一緒に謝ってやる」と、そう言ったからこその謝罪。
福良は馬鹿でも鈍感でも察しが悪いわけでもない。
雰囲気とAの表情や言葉から何かをきっと感じ取っているのだろう。だからこそあんなに強張った表情を浮かべるのだ。
「Aのことは責めないでやって。誘ったのはこっちだから。」
Aが油でも差したくなるほどぎこちない動作で俺を見た。相変わらずの戸惑いの顔。
「………もう俺は、コイツに言いたいこと言ったよ。」
そのアホヅラを、思いの外俺は気に入っていたのだ。
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曲の終わり、セットリスト - 14→←最後の休符と、 - 12
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noi - すみません。小説とあまり関係ないかもしれませんが、「リザルート」ってどんな意味なのですか?よく似た響きで「リゾルート」という音楽用語はあるのですが、聞いたことがなかったので気になってしまいました。 (2022年11月27日 20時) (レス) @page29 id: f637924c1f (このIDを非表示/違反報告)
橘美桜(プロフ) - 初めまして、最近こちらの界隈にはまった者です。290円さんの書かれるお話がとても大好きで何度も何度も読み返しております。ひっそりと『マリア・テレジアへ賛美歌を』のAルート、Bルートお待ちしております、本当に素敵な作品をありがとうございました! (2021年10月7日 19時) (レス) id: 0e6ceacda8 (このIDを非表示/違反報告)
りべろ(プロフ) - 初めまして…!290円さんの書くお話がとても好きです… 疑問なんですけど、『マリア・テレジアへ賛美歌を』の意味を教えていただきたいです!これからも応援してます! (2021年7月2日 22時) (レス) id: d1e6d9dde1 (このIDを非表示/違反報告)
春(プロフ) - 初めまして!290円さんの書くお話がとっても好きで何回も読み直してキュンキュンしてました、、。最後のお話、涙が止まらなくて朝から泣きながら読んでます、、。続編楽しみにしてます。これからも応援しています! (2020年10月11日 6時) (レス) id: b2b76b14bb (このIDを非表示/違反報告)
早瀬 - 更新お待ちしておりました!綺麗な世界観がとても好きです。これからも楽しみにしています! (2020年7月15日 14時) (レス) id: 0963beb20e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2020年3月13日 20時