n回目の一心不乱〈 QK 〉

こうかは ばつぐんだ！ - 3 ページ36

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買い出しから帰宅したのは、6時20分を回った頃だった。

玄関で出迎えてくれた福良さんに荷物を預けつつ上着を脱ぎ、よく暖房の効いたオフィスに戻る。あー極楽。



「あ、Aちゃん！おかえり」


と。先ほど話題に上がっていた山本が早速こちらを向いて笑った。うんとひとつ頷くだけの返事。それでもあいつは満足そうで。

隣のこうちゃんがニヤリと笑った。「ほらね」とでも言いたげな顔である。…ちょっと腹立つなあ。


　

屈託のない笑顔。近い距離。一度だって口にしない明確な言葉。よくわからない、悟らせない態度。

ああ、やっぱり意味がわからない。君って何がしたいんだよ。




「Aちゃん」



と、その時。パソコンそっちのけで山本が席を立った。思わず反応が遅れる。あっと気付いた時、彼は私の手を取っていて。

「冷た！外寒かったでしょ」と笑う其奴。悴んだ手が、じんわりと熱を伝える。



視界の端で伊沢さんがちらとこちらを見た。

隣のこうちゃんは小さく笑って、福良さんなんて「若いなあ」っていつも通りの言葉。



何言ってるんですかと笑おうとした。

笑おうとしたのに笑えなかったのは、その前に伊沢さんが口を開いたからで。


　


「山本ってさあ、」



不自然な区切り方。社長の意味ありげな前置きに ほんの少しだけオフィス全体が静かになった気がする。

一拍、二拍、三拍。ぴったりそれだけ間を置いた編集長は、頬杖をついたままいつも通りのテンションで言葉を発する。


　


「Aちゃんのこと好きなの？」




一瞬の静寂。

この人は何を言いやがっているんだ。例え目上だと分かっていようが、そう思わざるを得なかった。



きょとんとした顔の山本。へえそれ聞くんだと言わんばかりのこうちゃん。福良さんが小さく笑ったのは何故だろう。

オフィスにいた他のライターも小さく何かを言っていたけれど、それら全てを拾う余裕は今の私にない。戸惑っていた。


いや状況がいけない。先ほどこうちゃんとあんな話をしたのも、山本が私の手を握っているのも、何もかもが。



ぐるぐると頭が回る。どんな反応をすべきか模索しているのに答えだけが出ない。

　


そんな中だった。それまで黙っていた山本が遂に私と視線を合わせ、再度伊沢さんを見やる。

驚き顔から一転 にっこりと笑った其奴が口を開きかけたのを見て、何かに怯えた私は、



　


「ッ、もうやだ！」




私は、山本の手を振り払っていた。






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