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「私、許嫁がいるんです。私の家は大きな会社を経営してまして、その社長は代々長男が継いできました。しかし男子が生まれてこず、女が継ぐ訳にはいかないようで、長女の私は決められた人と結婚し、私の旦那を次期社長とするそうです。大学を卒業してから結婚するまでの期間を自由にさせてくれたので、私は普通に就職し生活することを選びました。でももうタイムリミットなようで、私は大好きなこの場所から離れることになりました」

彼女の口から初めて聞く彼女のこと。
どれだけそれが待ち侘びて嬉しいことか。
けど内容はあまりに重く、他人の僕が軽々しく何か言えるものではなかった。

「私は恋愛というものはしてはいけないものだと思い、許嫁だけを愛そうとしました。しかし、私も人間です。良い歳した女です。恋くらいします。河村さん、好きです…」

段々と消え入りそうな声になり、涙を流したAさん。
まさかの告白。僕は頭が真っ白になる。
気の利いた一言くらい言えれば良いのだが、僕は口を噤み立ち尽くす。

「河村さん、一生のお願いです。少しでいいので、抱きしめてください」

好きな人を抱きしめられる最後の又と無いチャンス。逃す訳にはいかない。
僕は一歩一歩彼女に近寄ると、細い彼女の体をゆっくりと抱き寄せた。
誰もいない部屋とはいえ、ここはオフィスだ。誰かに見られるかもしれない、なんてことを思いながらも、彼女を離すことは出来なかった。

「Aさん、愛してる」

一緒に居たいという願いを魔法が叶えてくれたとしたら、魔法が解けたら僕たちは離れ離れだ。

カチッ

時計の長針と短針が一番上で重なる音がした。

.

レゾンデートル -ymmt-→←.



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作者名:ヱ崎 | 作成日時:2022年11月1日 16時

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