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私は騙されたのだ。
悲しくて悲しくて、涙が何粒も頬を流れた。
ひゅう、と私の喉から浅い息が漏れる。
お腹から溢れる血、人は血を流しすぎると死ぬのだ。人は簡単に、死ぬのだ。
そうでしょう、無惨さま。
「……そうだ、人はこんなにも脆いのだな、A」
淡々とした無惨さまの言葉。
光の宿らない赤い瞳。これまで見たことのない無惨さまの瞳。
無惨さまの青白い手のひらには私の血がべっとりと付いている。
それを見ていたら再び悲しくてなって、騙されたのだという気持ちが湧き上がってきてーーーー
ーーぺら、と紙をめくる音。
私を包む、あたたかい何か。
私はこの世に生まれ落ちたその瞬間のように、夢から覚めるために目を開き、すっと息を吸った。
◇
ごしごし畳を磨く。
「うううー……」
私は恥ずかしさで唸りなが、気を紛らわせるように必死に布巾を動かした。ふっと視界に影が落ちる。
「そんなに恥ずかしいものか?」
「恥ずかしいですよ!」
うねうねと癖の強い髪をかきあげ、無惨さまは片方の口角を上げる。なんて意地悪な顔だ。
昨夜、私は無惨さまの寝台でころんと眠りに落ちてしまった。落ちてしまって、そのまま朝まで起きることなく爆睡してしまった。
だから起きて驚いた。
私はあろうことか、無惨さまにしがみついて眠っていたのだ!
「も、申し訳ありません、無惨さま!」
眠らない無惨さまは一晩中本を読んでいたらしく、寝台のそばの机には何冊も本が積まれていた。私は本を読む無惨さまのお腹のあたりに抱きついて、むにゃむにゃ寝言を言っていたらしい。夢の内容なんて、起きたときの衝撃で全部忘れてしまった。
そうして無惨さまは目覚めた私にふっと笑って言ったのだ。
「眠っている間は、随分と積極的なようだな」
私は恥ずかしくてそのまま後ずさって、寝台から転げ落ちた。無惨さまが柔らかに微笑んで私を引っ張り上げてくれる。素足を滑る布団の感触が、やけに生々しくて困った。
無惨さまが何も言わずに私を観察し続けるので、耐えきれなくなった私は無惨さまの寝室から脱走した。
そして無心になるために掃除を始めた。
私は孤児として生きていたから、誰かと寝台を共にして、なおかつその人にしがみついて眠っていてしまったときの対処法を知らないのだ。
「……もう、大丈夫そうだな」
畳を必死に拭く私の頭を軽く撫で、無惨さまはそんなことを呟いた。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時