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「私はあんみつをお願いします」
「はいよ!」
陸太郎の軽快な返事に私はふふっと目を細めると、相向かいに座る男の人へ視線を移した。
「素敵な羽織ですね」
男の人は熱いお茶をすするのを止め、するりと視線を上げた。男の人の羽織は、左右で柄の異なる一見奇抜なものだ。しかし顔立ちの整った男の人が何でもないふうに着ていると、とてもお洒落に見える。
無惨さまにしょっちゅう素敵で綺麗で最先端な服を買い与えられる私としては、こんなふうに服を着こなせるのは羨ましい。
ざわざわ、と店内に音の粒が満ちる。ひょっとすると、それらに紛れ聞き逃してしまいそうな、静かで落ち着いた声が私にふってきた。
「仕事は何だ」
私はわずかに目を見開いた。
男の人の質問の真意を掴みそこねたからだ。
ふつ、と私の心に僅かな警戒心がうまれる。
「召使いを、しています」
「……主人はどんな人間だ?」
「貿易会社を営んでおります。私は少々異国の言葉を理解できるので、雇っていただきました」
「主人の屋敷は、どこだ?」
ぐっ、と鼻先が近寄る。男の人の真っ直ぐな瞳が私を射抜いて、それから逃れたい思いが先走り、思わず私は身体をのけぞらせる。
「……そ、それはーー」
「ーーお待たせしました、あんみつでーす!」
遮られるように、私と男の人の間にあんみつが置かれる。はっと視線を上げると、陸太郎がわざとらしい笑顔を貼り付け立っていた。
「あ、んみつ……ありがとう、陸太郎」
私の言葉に、陸太郎はくしゃっと笑った。
私があんみつを頬張る向こうで、男の人はずず、とお茶をすする。
「近頃」
そして、独り言のように、小さな声でささやいた。
「近頃、このあたりで若い女性が行方不明になる事件が多発している。……帰り道、特に夜道は気をつけたほうがいい」
小さく、低い声で言う。私はわずかに目を見張って、男の人の透き通るような……何かをじっと観察しているような、そんな瞳を見た。
「俺の名は冨岡義勇」
「私は……Aと申します」
A。つぶやいて、男の人は音もなく立ち上がると、そのまま席から離れて行った。
去り際に風が吹いて、羽織の内側に着込まれた「滅」と書かれた軍服のようなものが見える。そして腰に携えた刀も。
「……冨岡義勇さん」
私はやけに緊張していたようで、肩に入れていた力を、ふっと抜いた。
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モブちゃん - 無惨様、優しい!マジで素敵な作品です。更新、頑張ってください。 (2020年11月8日 21時) (レス) id: 2f84cbf165 (このIDを非表示/違反報告)
かめ(プロフ) - 無惨様大好きです!というか鬼陣営好きすぎるので、鬼贔屓な作品は本当に嬉しくて…しかも内容も面白く!素敵な作品ありがとうございます! (2020年7月6日 22時) (レス) id: 0b12b82150 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 好きですありがとうございます (2020年4月25日 3時) (レス) id: aef362accb (このIDを非表示/違反報告)
きの(プロフ) - そこらへんの小説なんかより面白すぎて泣いてます…天才ですか…?! (2020年3月24日 22時) (レス) id: 2bb340e5dc (このIDを非表示/違反報告)
hina - ああああああ神なんですか!?いや神なんだよねそうに違いない (2020年1月20日 18時) (レス) id: c01e14d75d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2019年10月22日 21時