第二十七話 ページ28
*
バーに着いたとき、そっとドアを開けた向こう側に、甚平を着たトムラさんを期待したけれど、残念。トムラさんはいつもどおり黒いてろてろした服を着ていた。けれど、私の浴衣姿にちょっと驚いた様子のトムラさんを見られたから良いってことにした。
「……ふぅん」
トムラさんは意味ありげに私の髪を彩るリボンに指先で触れる。私はトムラさんから飛び出す言葉を、期待して待った。おそらく、これは私とトムラさんの一種の駆け引きのようなもので、私たちは水面下でじっと距離を取り合った。
と、トムラさんが満を持して口を開いたその瞬間、おや、とのんきな声がした。
「おや、とっても素敵ですよ、花房さん」
黒霧さんだった。黒霧さんは私のもとへ近寄ると、浴衣の柄や私の髪型、そしてリボンに至るまで余すことなく褒めて下さり、可愛いと言ってくれた。私は聞きながら恥ずかしくなってきてしまった。褒められたこともそうだけど、トムラさんから可愛いと、言われることを期待してしまったことも。
トムラさんはなんだかちょっと複雑そうな顔をして黒霧さんを見ている。そして舌打ちを一つすると、私の手首を掴み「さっさと行くぞ」と不機嫌そうに声を発したのだった。
「いってらっしゃらい、花房さん、死柄木弔」
バーを出るとき、黒霧さんにそう言われた。私は少し照れて、はにかみながら答えた。
「いってきます」
なんて、素敵な言葉なんだろう。
夏祭りとはいえど、やはり夜の街はほんのりと暗くて、昼間とは別の世界みたいだった。トムラさんに手を引かれながら、私たちは夏祭りの屋台が並ぶ場所まで歩く。
今、私とトムラさんは枠を越えている。
これは仕事ではなく、完全なるプライベートだ。今この瞬間、トムラさんと歩くこの時間にお給料は発生しない。私とトムラさんは、ただただ純粋に夏祭りに出掛けているのだ。
その事実が嬉しくて、私はつい頬が緩む。
「トムラさん！」
ちょっと早歩きをして、トムラさんの隣に並ぶ。トムラさんはやっぱり、バーの外にいるときは警戒心バチバチの顔をしている。フードを被っていない分、どこか俯きがちに歩くのだ。
「美味しいものいっぱい食べましょうね！」
私が握りこぶしを見せて笑うと、トムラさんは赤い瞳にほんのりと優しい色をにじませる。
「あぁ」
騒音、夏祭りの騒音。それに紛れたため息みたいな音の穏やかさを、私は愛おしく思うのだ。
*
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1183人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「ヒロアカ」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちゃこ(プロフ) - うぅ…好きです！！今なら私も花咲かせられそうです😭！前から気になっていた弔くん…無事推しになりましたありがとうございます！！ (2022年5月25日 5時) (
レス) @page50 id: e4e61dc8c5 (このIDを非表示/違反報告)
mikitty(プロフ) - 完結おめでとうございます！最高でした！ (2020年8月18日 1時) (レス) id: 05ebd46207 (このIDを非表示/違反報告)
弥生 - はなかっぱ… (2020年2月4日 3時) (レス) id: 86c077b51d (このIDを非表示/違反報告)
りん(プロフ) - すごく良かったです！！！死柄木君の小説は初めてだったんですけど、もう最高すぎました！！ (2019年11月5日 22時) (レス) id: a8dea294c9 (このIDを非表示/違反報告)
オーバー - 完結おめでとうございます！最後までキュンキュンさせていただきました！！ 占ツクを徘徊していた時に、とんでもなく良いこの作品を見つけてからは、ずっと応援していました(´ω`*) もちろんこれからも応援しています、頑張ってください！！ (2019年8月25日 22時) (レス) id: 50e4bb27d4 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きりんの木
| 作成日時：2019年6月13日 19時
