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「ーーそうよ! 私には世界一のお兄ちゃんがいるのよ!」
頬を染め、誇らしげに話す彼女の瞳は爛々と踊る。初見の突き刺すような冷たいものとは程遠い、小さな子どもみたいなそれに私はどぎまぎしてしまった。
きっかけは、私が何気なく聞いた一言だった。
「もしかして、お兄さんかお姉さん、いたりしますか?」
私の言葉に蕨姫さんは大きな目を見開くと、「どうして分かったのかい」と呟いた。
「なんとなく、蕨姫って一人じゃないなあって感じたんです」
一人じゃない。
誰か、いつもそばに居る誰かがいる。そんな一人じゃないからこその甘さ、弱さ……同時に強さを感じた。守り守られる人は自ずと強くなる。蕨姫も同じように、一人じゃない気配をなんとなく感じたのだ。
私が孤児として生きていて、明日食べるものにも困っていた頃、私はひとりぼっちだったから、そうやって一人じゃない人間の気配には人一倍敏感なのかもしれない。
私がそう話すと、蕨姫はぽっと頬を染め、自慢するように言ったのだ。
「そうよ! 私には世界一のお兄ちゃんがいるのよ!」
好きなんだなぁとしみじみ感じた。
お兄さんのことが大好きなのだ。そしてきっと、お兄さんも蕨姫さんのことが大好きなのだ。
そんなことを考えていたら、ふと胸がきゅっと締め付けられた。身体中が、戻りたいと叫んでる。戻りたいーーどこに?
「……ちょっと、聞いてる?」
世界一のお兄ちゃんについてぺらぺらと話し続けていた蕨姫が私の目の前で手をひらひらと振る。私は浅く頷いた。
「お兄さんもここで働いてるんですか?」
ううん、と蕨姫は目を伏せて首を振った。それ以上蕨姫は何も言わないので、私は口を閉じた。
胸にじわりと広がる不穏な気配。満たされない何か、たまらない衝動。蕨姫は何か思い出すようにそっと天井を仰いでから「今日のお客はイイ人だと楽だな」と呟いた。最中も、私は胸のわだかまりについて思いを馳せていた。
私にとって、鬼舞辻さんの存在が、あまりに大きすぎる。
記憶を失って、失ってはじめてその大きさを知る。
私が何者であるかを見失いそうになるくらい、鬼舞辻さんは私の細部にまで侵食し、支配している。
穴、ただ大きな穴が私の中に残る。
その穴を満たす何かを、持ち得るのはきっと、鬼舞辻さんだけ。
蕨姫は片眉を上げると、そっと私の頭をなでた。お兄ちゃんの真似、と微笑んで付け加えた。私はへらりと笑った。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時