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「……扉があるのが見えていないのか?」

 おおっぴらに開けられた襖を背に与えられた本をひたすらに読む私に、彼はそう声をかけた。いかにも外界に通じていそうなそれを横目に、私は肩をすくめてみせた。

「隙間風が入って寒いので、閉めても良いですか?」

 私の言葉に彼はーー私を数日前に拾った鬼舞辻無惨という鬼は、大きく目を見開いたのだ。


 ◇


 すっと目を開いた。
 ぼんやりと薄暗い灯りが灯った和室、私はなんだか霞む頭で色々と考えようとしたけれど、少し身じろぎをした瞬間身体を襲う痛みに思考が散乱する。起き上がることも出来ない。


「……っ」


 刺すような痛みで思い出した。確か私は、鬼に無限城の廊下から突き落とされたのだ。
 生きていたという事実に少し驚きながらも、私は自分の眠る部屋を目の動く限りで見渡す。しかしそこに思い当たる節のあるものは一つも無かった。
 ここはどこなのだろうか。
 考えてもちっともピンとこない。
 

 身じろぎをした拍子に、頭に何かがぶつかり、ばさばさと音を立てて崩れた。

 
「これ……本?」


 文字らしきものが並んだそれに目を向け、私は眉を寄せた。どうして本が枕元に、そもそもここはどこなのだろう。


 ーーとん、と軽い音がして、襖が開かれた。


 黒くうねった髪、ぎらぎらと鋭い赤い瞳、ひどく整った顔。が、ぐっと私に近寄ってきて、忌々しげに歪められた。


「どこが痛む」


 労るような言葉に、私は目をぱちくりさせて、躊躇いがちに口にした。


「全身痛い、です」

 
 美しい顔が再び歪められた。
 そしてやれこれが食前に飲む薬だ、こっちが食後に飲む薬だ、食事はこれだ、と甲斐甲斐しく一つ一つ説明をし始めた。


 しかし私はその説明を遮り、最も重要なことを尋ねる。


「あの……あなた、誰ですか」


 は、と男の人は言葉を漏らした。

 彼の手元から白い粉が零れ落ちる。ばりんと痛々しい音を立てて茶碗が割れる。

 男の人は赤い目を見開き、私の肩を掴むと、ぐっと爪を立てた。私は痛くて顔をしかめる。


「何を言うA、そんなつまらない冗談は今すぐやめろ」

「な、なんで私の名前をしってるんですか?」


 男の人は放心したように私の肩から手を話すと、目を見開いたまま、ぽつりと口にした。


「記憶が、無いのか?」




 そう、どうやら私は、鬼に突き落とされ、頭を強打した衝撃で、大切な大切な記憶を、失ってしまったらしいのだ。



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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時

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