Tresure box 〜北藤〜

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「太輔？」
「っ…」



仕事用じゃない、素でいる時に使う呼び方をすると、藤ヶ谷はグッと唇を噛み締める。

そして悔しそうに顔を歪めた。



「…ずるい、北山ばっかりずるいっ」
「何が？」
「……っ」
「…ん？どうしたんだよ」



俯いていく顔を強引に上げ目を合わせる。
言いたいことがあるのに我慢している顔。

俺のあまり好きじゃない顔。



「ん？なーぁんだよ、何か言いたげ」
「……北山はそうやって、仕事とそれ以外で完璧に呼び分けできるからいいけど、俺は…っ、…俺は自信ない。
さっきだって簡単につられるし…、だから間違えないように北山って呼んでるのに、お前ばっかずるい…」
「……」
「俺だってほんとは、北山のこと……っ…」



そこまで本音をぶつけてくれたのに、肝心なところで口を噤んでしまう。
藤ヶ谷らしいといえばらしい。

別に呼び分けとかもする必要ないのに。
俺だってずっと太輔って呼ぶつもりでいたのに、仕事の時は恥ずかしすぎるから止めてくれって本人の強い希望で控えているだけだ。
俺は気にしない、むしろウェルカムなのに。



ハーっと溜め息を吐いて、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜる。



「わっ、ちょっと乱れる！」
「別に、好きに呼べばいいだろ」
「えっ…？」
「ったく、意識しすぎなんだよ名前くらいでさ」



考えすぎなところ、慎重で良いなと思うときもあるけど堅いなって思うときもある。

もっと肩の力抜いて生きればいいのにって。



「何て呼ばれようと、お前が俺のこと呼んでくれんの嬉しいよ」
「……っ」



乱れさせてしまった髪を手で何度か梳いて整える。
奥に座る玉に呼ばれ立ち上がった時、クイと裾を掴まれた。



「ん？太輔？」
「みっ……」
「……」





「……っ……みっくん」





「〜〜っ」
「へっ？あ…、…みっくん…？」
「お前それ…っ…」



みつ、と呼びたいのだと思っていた。
玉とか二階堂が呼ぶみたいに。



──みっくん



そう来たか。

ったく…、お前の言い分がようやく分かるなんてな。
ほんといつだってお前には適わない。



「……ごめん、やっぱ仕事では俺も北山呼びがいい」
「っ…」



悲しそうに歪む顔に、そうじゃないと耳元へ唇を寄せて理由を囁いた。

バッと勢いよく耳を両手で覆い隠しわなわなと唇を震わせながら見上げる赤い顔は、自分だけのものにしたいと思った。





(そう呼ぶの、かわいいから俺の前でだけにして)

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