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「う、っ。まってぇ……」
「あー……悪い。キツかったな、」
ずぶ濡れの両目から溢れ出る涙は今のところ何をしても止められないだろうから、素直に退いた後に腕を引き上げて上半身を抱き込めた。事前にあれだけ様子を心配していたのは自分なのにやらかした。怖がらせるつもりはないと配慮した気になっていた自分の責任、馬鹿だな、と心中で自虐。
「怖かったよな?」
「ビックリしたな」
「……嫌だった?」
後頭部を緩く優しく撫でながら肩口に顎を埋めて訊いた答えは──うん、うん、ううん。
首だけで行われた動作だが、一切の遠慮も嘘も感じない。最後の返答にとびきり安堵して、肺に溜まっていた二酸化炭素を深く吐き出した。
「言っとくけど怒ってねえよ。元々キスだけで終わらせるつもりだったし、
とはいうもののさっきまで自制を効かせられるような理性は死んでいた。だから悪いけど、泣いてくれてちょっと安心した。
まだ荒く湿気のある吐息が胸元に当たる。遠慮がちに背中に回されていた腕の力がきゅう、と込められた動きに応えるように、自分も両腕に収めたその小さな身体を優しく締めた。
ぐすぐすと嗚咽し続ける背中を撫でたりたまに自分の拍動に合わせて弱く叩いたり。そのうちに虫の鳴くような小さい小さい声で弱々しく呟いた一言に目を瞠った。
「……そういえば、俺もだったな」
ーーAって呼ばれたの、はじめて……。
最中でふと紡いだ音。慣れない語感に脳裏に?が一つだけ浮かんだのは多分初めて詠んだ言葉だったから。
「名前呼ばれて、嬉しかった?」
「うん……」
「……A」
小粒の耳に湿っている唇を寄せて囁くと、ひく、と頼りない肩が跳ねた。うぶっ気丸出しの反応で 温くなっていた下半身が後戻りできない熱を孕む前に、再びシーツの上に押し倒して頭を撫でる。
「そろそろ寝とけ、二日酔いとかしても俺知らねーから」
「……どこいくの?」
「トイレ」
「はやくしてね……?」
「……分かった分かった」
弾力のあるベッドから早急に飛び降り、早足で向かった個室の中でずるずるとしゃがみ込む俺は、
「あー…………。はぁ、……」
よくあそこまで堪えられたと思う。
自分の名前を、願うように呼ぶ声が、いつまでも耳の中をうろうろと迷い遊んでいた。
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作成日時:2020年12月30日 22時