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「……名前がなんだと言うの、薔薇という花にどんな名前をつけようとも、その香りに変わりはないはずよ……」
「ちょっと、A!やる気なさすぎ!ちゃんとやって!」
役が決まってから一週間。台詞は何とか覚えたけれど、どうしても演技に熱は入らなくて。
演技なんて、したことないし。そもそも私が主役?私、ロミオとジュリエットの話そんなに好きでもないし。
それに……相手役のロミオも、何だかやる気なさそうな顔してるんだもん。
「……この前、私にやる気なさそうとか言ってた人の顔には見えないんだけど」
「うるせえな、こういうの苦手なんやもん!最近、こっちの練習ばっかしてるせいで部活行けてないし」
そう、ロミオ役は志麻。まさか、こいつもくじを引き当てるとは。最早誰かが仕組んでるんじゃないかと疑うほどに展開が成り立ちすぎてる。
少女漫画ならきっと、この後私と志麻が付き合うことになるんだろうな。現実だったら絶対にそんなこと有り得ないけれど。
(……世間的に見たらイケメンなんだろうけど、先生の方が100倍かっこいいし)
そんな失礼なことを考えながら志麻の顔をぼーっと眺める。そんな私の視線に気付いて、志麻は少しニヤつきながら。
「何、見とれた?」
「別に、見てただけ」
「ふうん……」
そっけない会話を交わした後、“何か、あれやな”と志麻が歯切れ悪そうに顔を顰める。
「前までのお前の方が、好きやったわ」
──それはきっと、先生に盲目になっていた時の私のことを言っているのだろう。
毎日が楽しくて、楽しくて、少し胸が苦しかった時の、私。
「……あれだけ先生から遠ざけようとしてたのに、本当に私が先生に会いに行かなくなったらそんなこと言うんだ」
“あんたの思い通りに事が進んでるのに、こんな私は好きじゃないなんて我儘じゃないの?”そう言い捨て、私は衣装係の子の方へ小走りで向かった。
ごめんね、志麻。私は優しくないから、貴方の気持ちに気付いた上でこんなこと言ってるの。
だって、私の王子様は貴方じゃないから。
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