スパイダー【ars M.A】 (ページ15)

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先生が「この子が1番好き」って指差したミッキーの向こう側。
コロンと転がってる歪な形のハート。
シルバーで、ブランドのマークが真ん中に入ってる。

「ヴィヴィアンだ」

俺が言うと、先生は「あ、これ？」とそのハートを手にした。

「何？それ」
「ライター」
「ライターって、火をつけるライター？」
「フフッ、うん。そのライター」

先生が、カチッとそのハートに火をつける。

揺れる火を見てた先生の目が、ふっと俺を見た。
その目の中で、ゆらゆら火が揺れる。

なんだか、吸い込まれそうになって

...目を逸らした。

でも、何でライターなんか持ってるんだろ。
お香とか焚く為？って思ったけど、部屋にお香の香りはしないしお香立て自体が無い。
って事は...

「先生、煙草吸うの？」

それしか無いよなーと思って訊いてみた。
別に俺、女の人が煙草吸ってても気にならないし。

「吸うのは私じゃないんだけどね」

その返事の意味が一瞬分からなくて、きっと俺はキョトンとしてたんだろうなって思う。
キョトンとしてるまんまの俺に、先生は言う。

「彼氏が吸うの」

反射的に耳を塞ぎたくなったのか、俺は両手を顔の横まで挙げてしまった。
でも自分の不自然なポーズにすぐ気付いて、そろりと手を下ろす。

「時々、ライター忘れて来るから私も持ち歩いてるの」
「彼氏の為に...？」
「だって忘れる度に100円ライター買ってるから、何か勿体無いなーと思って」
「そうなんだ...」
「どうせ自分が持つなら、可愛い方が良いなぁってコレ選んだの」

また、カチッと火をつけて見せる。
ハート型のライターに火がつく度に、俺の心も炙られてるみたいにジリジリする。

その日のレッスンの記憶が、あんまり無い。

「雅紀くん？ぼーっとしないで、集中してね！」
「あっ...！ごめん！お腹減っちゃって」

誤魔化す為に言ったら、先生は「お昼ご飯のカレーの残りあるから食べる？」なんて言ってくれて。
レッスン後に先生んちのカレーを食べたのは、覚えてるんだけど。

自転車で帰る坂道は、行きの下りとは逆で上り坂になる。
いつもならテンション上がってて、グングン漕いで登り切れるのに。
今日は半分くらいで力尽きた。

「ハァ...彼氏とか聞いてないよー...もう...」

自転車を押しながら、溜息ばっかり。
あんな可愛いライターを、彼氏の為に持ち歩いてるとか...
何だよ、それ。何なの。

「クッソー...泣きたい」

唇噛んで、坂を登り切る。