Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ30)

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275.気付いてよ。ページ30

柔らかい匂い。

抱き締められて初めて、智さんの身体が筋肉質だって事を知った。

背の高い雅紀くんに抱き締められたら、胸に当たる私の顔は

今、智さんの肩に当たってる。

「ちょ...っと、智さんっ...！」

彼から離れようと腕に力を入れても、余計に強く抱き締められる。

「Aちゃんさ、覚えてないの？」
「...何、を...」
「昨日、Aちゃんは最後にいつスマホ触った？」

いつ...？
最後に...？

夜中に起きて、帰らなきゃって思って...でも終電の時間が終わってて、だから...

「...タクシー呼ぼうとして...」
「おれ、それを止めたよね」
「はい...」
「その時、おれはどーやって止めた？」
「.....え...？」

あの時、智さんは

そうだ...

私からスマホを取り上げた。

「.....」
「思い出した？」
「.....」
「おれ、スマホ返さなかったでしょ？」

耳元で聴こえる、智さんの声。

「Aちゃんが気付いたらすぐに返してあげるつもりだったのに、全然気付かないんだもん」

ふふ、と智さんが笑った。

「相葉ちゃんから連絡来てるんじゃないかなぁ？心配してんじゃないかなぁ？とは思ったんだけどさ」
「.....」
「Aちゃんが困るのは可哀想だけど、相葉ちゃんは心配させとけばいっかと思って」

智さんの声はいつもふわふわの空気に包まれてるようなのに、その声はキンと冷たい。

「.....どうしてそんな...」
「ムカついたからかな」
「ムカつく...？」

智さんが、私の両肩に手を置いて身体をそっと離した。

「Aちゃんを傷付けた相葉ちゃんに、ムカついた」

どちらかと言えば、優しい雰囲気の彼の眉毛。
その眉間に皺が寄る。

「Aちゃんが相葉ちゃんを好きで、相葉ちゃんもAちゃんを好きで」
「.....」
「おれは土俵に上がる事も出来なかったのかなー...なんて思ってた」
「.....」
「それでも、Aちゃんが幸せそうに笑ってたからこれで良かったんだろうって納得してた」

...違うか…、と智さんが呟いた。

「納得しようとしてた」

彼の長い指が、私の髪を滑る。

「でも、Aちゃんが泣かされたって知っちゃったら話は別だよ」
「...智さん...？」
「好きな子泣かされて、ヘラヘラしてらんないでしょ」

智さんの指に誘われた髪は、耳に掛けられる。

「気付いてよ」

厳しく顰められてた目元が優しく緩んだ。

「こんなに好きなのに」

悲しい、微笑み。