Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ28)

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273.あの時のあの表情。ページ28

「Aちゃん、伊織さんに会ったの...？」

雅紀くんが、初めて見る目をした。
悲しいような、怖いような、消えてしまいそうな、そんな目。

「...うん」
「どこで...？」
「...地元の駅で...」

彼は「そっか...」と小さく呟く。

「こないだ電話した時、駅に伊織さんが居て...」
「...電話...あ...」
「何でこんな所に居るのかなって思ったら不安になって、それで雅紀くんに電話したんだけど...」
「...ごめん、俺...」

雅紀くんが俯いた。

「相葉ちゃん」

智さんの呼びかけに、雅紀くんは顔を上げない。

「元カノさんがAちゃんに言ったのは、相葉ちゃんと会ったって事だけじゃないよ」
「...え」
「返して欲しいらしい」
「.....何、を...」

やっと顔を上げた雅紀くんは、もうその答えが分かってるように表情を歪めている。

「相葉ちゃんを。返してって言われたんだって」
「...返す...」
「あ、Aちゃんが自分からペラペラ話した訳じゃないから。おれが無理やり聞き出した」
「.....」
「返してなんて言われた上に、会ってた事を内緒にされてたら、二人の間に何かあったのかな？って思っても仕方無いよね」

胸がギリギリと搾られるように痛い。
何か言わなきゃ...って思うのに、上手く声が出て来ない。

自分のコートの裾をギュッと握り締める。

「待ち伏せまでされて。元カノなんて、自分の知らない相葉ちゃんを知ってる人だってだけでも脅威のはずなのに」

智さんがそこに自転車を停めて、私の隣にピッタリと寄り添った。

背中に智さんの手が触れ、驚いて彼を見ても

彼の視線は雅紀くんから離れない。

「『俺のモン』だって言いたいなら、身辺整理くらいはちゃんとしなきゃね？」

智さんの口の端が、スルッと上がる。

「身辺...整理...？」

雅紀くんが譫語のように言う。

「ねぇ、キッチリ別れてなかったの？まだ未練でもあった？」
「何だよ、それ！そんな訳無い！」
「じゃあ何で会った事を黙ってたんだ？っつってんの」

こんな智さん、初めて見た。

...あぁ、この表情...
酔い潰れて記憶を失くす前に見た、あの表情と同じだ。

「あの...智さん、もう...」
「『もう良い』なんて、言わせないよ」
「.....」
「もう良いはず無いでしょ？こんなに傷付いたのに」

智さんが私の手を掴み、停めてた自転車のスタンドを上げ

「今日は、おれがAちゃんを連れて帰って良いよね？」

そう吐き捨て、私を引っ張る。