Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ25)

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270.同じ。ページ25

その意地悪な言葉に上手く返せず、「申し訳ありませんでした...」と言うと

「ごめんごめん！そんな顔しないで？」

彼はマフラーを外して私に手渡した。

そのまま、上着も渡される。

「あの、智さん」
「なぁに？」
「ちょっとお伺いしたい事があって...」
「うん？」

窓辺に歩いて行く智さんの後ろをついて行く。

彼はそこにチョコンとしゃがむ。

「スマホなんですけど...」
「スマホ？」

立ってる私を見上げるように、クルンと視線を動かす。

「智さんのお宅に忘れてしまったようなんです」
「そうなの？」
「ありませんでしたか？」
「んー...分かんないけど、玄関で出してたもんね」
「そうなんです。鞄に入れた覚えが無いから、多分そのまま置いて来てしまったんだと思うんです」

思い返しても、やっぱりそれしか考えられない。

「ん、じゃあ仕事終わったらうちおいでよ」
「え？」
「おれんちにあるんでしょ？」
「はい...多分」
「ねぇ、Aちゃん。ココア飲みたい」

智さんが、ふわっと微笑む。

「あ！はい、お待ちくださいね！」

私が給湯スペースでココアを淹れてると、櫻井さんがやって来て、いつものように挨拶を交わす。

「何か、顔色わりぃな」
「アハッ、ちょっと寝不足で...」
「何かあった？」
「いえいえ！何も...無いですよ！夜中に小説読み始めちゃって、ついつい」

あー、あるある！って笑った櫻井さんに、ココアを渡して、私は猫部屋に戻った。

・

一日の仕事を終え、智さんが「行こっか」って立ち上がった。

「何か、すいません」
「いーのいーの」

今日も一緒に地下まで降りて、自転車を引いて地上に出る。

いつも休憩中と仕事が終わった時にはスマホをチェックしてるから、それが出来ないとなるとやっぱりソワソワしてしまう。

「うしろ、乗る？」
「おまわりさんに怒られますよ？」

昨日と同じ会話。
智さんも同じだって気付いたみたいで、クスクス笑ってる。

カラカラカラと、自転車のタイヤが回る音。

時間が無くてまとめられなかった髪を、冷たい風がザッと靡かせる。

「.....え」
「Aちゃん？どしたの？」

立ち止まってしまったのは

息が止まる程に、胸が跳ね上がったから。

ビルの前にある植え込みに、脚を組み腰を掛けて

スマホを見てたその人が、こちらに顔を向けた。

「雅紀くん...」

温度を感じない彼の目が、私を見て、智さんを見て

また、ゆっくりと私を見た。