-0.TO.10-

【過去】体温 -Jiyong- ページ8

「こら。女の子の部屋ジロジロ見ない。」

廊下にあるキッチンから戻ってきたA。
手には２つのマグカップ。

テーブルにそのマグカップを置き、

「ダウン貸して？掛けとくから。」

手渡すと「冷たい」って言いながらハンガーに掛けてくれて。

「ココア…飲める？ちょうどいれてて…」

「ありがとう。」

マグカップに触れると冷えた手に温かいこの温度。
指先から体温が戻っていく感覚。

一口口に含めば、甘いこの味が空腹の身体に染み渡る。

「うま…」

そう口にせずにはいられなくて。

沈黙が続いたらどうしよう。
どう話し出したらいいんだろう。

そんなことを考えながら飲み続けていると、

「で？本当にまた喧嘩しちゃったの？」

Aから振ってくれて。

「喧嘩じゃなくて…その…」

Aにも初めて話すこと。
ストレスの原因。
溜まる一方で対処の方法がわからないこと。
どうにもできず、殻に閉じこもりがちになること。

Aだからなのな、女性だからなのか。
聞き上手なAは最後まで口を挟むことはなく、
うんうんと頷きながら聞いてくれて、
話しながら震え出した俺の手を、
温かくて柔らかいその手の平で包んでくれた。

「辛かったね。いろんなこと言われて、間違ったことでも訂正できなくて…本当に辛かったね。」

辛かったね…
Aのその言葉に下を向いていた俺の目からポタポタと涙がデニムにシミを作った。

辛かったね…
言ってる相手を批判するより、誰かに俺の気持ちを受け止めて欲しかった。
共感して欲しかった。

俺は辛かった。
どんなことを言われても、『違う』と訂正できないことが苦しかった。
そんなことしてないのに…
そんなこと言ってないのに…


頑張れ。聞くな。無視しろ。そんなもんだ。ほっとけ。耐えろ。真っ直ぐに立て。笑え。

何人もの人が何百回もその言葉を口にし俺を支えてくれようとしたけど、
『辛かったね』
Aのこの一言が、全てのものをゼロにしてくれた。

Aの手を払いのけ、ガバッと抱きついた身体。

「ジヨンくん！ちょっと！」

「ごめん…少しだけ…少しだけこうさせてて…」

温かい身体。
甘いココアの香り。
欲しかった言葉。

閉じこもった殻が破れ、
冷たく冷えきった心と身体に体温がジワジワと戻る感覚。

やっぱりどうしたってAが欲しいと、
支えて欲しい、慰めて欲しい、
ずっとそばにいて欲しい。

抱きしめながら強くそう思った。

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