【08】 ページ25
.
.
「私が大野さんに接触したのは、この町に急にやって来た不審者かもしれないと危惧したからです」
.
.
でも全然違った。あなたはこの町に触れて、好きだと言ってくれた。何度も来てくれた。もうそれだけで十分です。
.
ふわ、と風が舞う。
.
智「…今日は、報告しに来たんだよ」
「嬉しい報告ですか？」
智「結婚することになった」
.
.
Aちゃんは一瞬目を大きく見開いて、それから俺の大好きな
大好きな、大好きな、大好きだった笑顔を浮かべて「おめでとうございます」と。
.
「…よかった。これで心置きなく大人しくできます」
智「人の姿には、もうなれないの？」
「体力の限界です。私はもう静かにこの町を見守ることにします」
智「Aちゃん」
「最後に。何もできなかった私から、結婚のお祝い。させてください」
智「え？」
.
刹那だった。
.
.
ぶわあああっ、と強い風が吹いて思わず目を閉じて顔を背ける。
数秒して、風が収まって。
何事だ、と目を開くと。ーーーーー…開くと。
.
.
智「…………」
.
.
深い緑だった、目の前の樹木の葉たちは
見事に綺麗な深い紅。
.
.
智「モミジ………」
.
.
ふわり、と風に乗って一枚の紅い葉が頭に落ちて来る。
.
.
チヨ「いったかい」
智「チヨさん」
チヨ「こりゃあ、まあ見事な」
.
.
変わらない柔らかい笑み。
.
チヨ「おや、あれは………」
.
チヨさんが視線を左の方の枝に向ける。それに釣られて視線を向ければ。
思わず、笑みが溢れる。
.
.
智「ちゃんと左手につけててくれたんだなぁ…」
.
.
俺の左指に光るお揃いのシルバーリングが
彼女の左の枝にキラリと光るようにぶら下がっていた。
.
チヨ「ずっと大事にしてたんだよ。タチの悪いカラスたちと毎日戦ってねえ」
智「……」
チヨ「もうやめなさい、枝が折れるからって言っても『嫌だこれは好きな人からもらったものだから』ってきかなくてねぇ」
智「……」
チヨ「無事に夏が終われて、よかったよ」
.
.
俺とチヨさんの影が、長く伸びた。
.
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2481人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
