240メートルの誤算5【佐野玲於】

塞がった ページ48

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俺の手の中の通帳を、Aはそっと取った。
最後の欄、見て 少し不安そうに、また俺を見上げる。


「…これ、このお金、…このお金が、玲於くんの気持ちだったら、」
「……。」
「……もしそうだったら、…また、一緒にいてくれる…？」


840万
俺がこの2年間で、Aに贈った金額。
罪滅ぼしだなんて思ってない
ただ、こうしなきゃ 気が済まなかったんだ。

Aがこの金使って、笑って生きてたらいいなって
べつにもう、誰かと一緒になっててもいいから
ふつうに、ふつうの女の子として、生きてたらって
それだけを、願ってた。

…それだけを、願ってたのに。


「…わたしが弱かったから、玲於くんは、別れようって言ってくれたんだよね。」
「……うん。」
「……あれ以上わたしが弱くならないように、守ってくれたんだよね。」
「……うん。」
「……ありがとう。…わたし、強くなったよ。ほんとに強くなったんだよ。東京タワーなんて、背伸びしたらすぐ届いちゃうよ。」
「……。」
「…玲於くんより先に泣かないし、先に死なない。…約束する。」


Aはそう言いながら、俺の頬を袖で拭った。
バカだな俺は
また泣いてんのかよ
こんなんじゃAに笑われるだろ
嬉し泣きって、子どもじゃないんだから。


すぐ隣の、誰もいないメイク室
Aの腕引っ張って、入った。
鍵かけて、そのまま抱きしめる。
2年ぶりのこの感覚
大事で、ほんとに大事で、愛しくて堪らなかった。
ブーケがAの手から落ちる。
足元にまた花びらが散らばった。


「……なんだよ、…なんだよもう…来月から振り込まなくていいって…もう終わったかと思ったよ…」
「……だって…」
「……もう一生会えないかと思った。…Aはもう、違うやつと結婚すんだって、…それでもいいやって。」
「…玲於くん、わたしこの2年間ね、誰とも手繋いでないんだよ。」


Aは、笑ってそう言った。
笑ってるけど、泣いてるみたいな声だった。
ぎゅぅって、もっと強く抱きしめる。
1ミリの隙間もない。


「…あのさ、A。」
「…うん。」
「……あの、840万。…俺らが、じいちゃんとばあちゃんになったらさ、あの金使って、世界一周でもしようよ。」
「…うん。」
「…美味いもんいっぱい食ってさ、幸せだーって笑って、さいご、ふたりで手繋いで死にたい。…それまで、一緒に生きよう。」


Aが泣きながら頷いたとき
俺の中に空いていた穴が、全部塞がった気がした。

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