240メートルの誤算4【佐野玲於】

戻りたくない ページ21

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翌朝アラームの音で目を覚ますと、さくらちゃんはもういなかった。
これもいつものこと。
何時に出ていってるのかなんて知らない。
知らなくていいことだと思ってる。

ひとりシャワーを浴びて、背中に残った爪の跡から目を逸らした。


もう4月か。
こんなにいい天気なのに気分は晴れない。
仕事中だけスイッチ切り替えられて、皮かぶった俺のまま笑って
でもべつにストレスは感じないし、芸能人なんてみんなこうなんだろうなって諦める。

ずっと一生こんなんだったらいいのに。
テレビ出て黄色い歓声浴びて
つまんない時やヘコんだ時にさくらちゃん呼んで
特に責任なんて負わずにただ遊んで
愚痴とかしょうもないこと話して笑って。
ずっと、一生、こんなんだったらいいのに。

昔の俺にはもう戻りたくない。
あんな、ひとりの女のコに必死になってた
あの頃の俺には、もう。



「ごめん今終わった。」

長引いた収録がようやく終わり、楽屋に戻ってきて早々さくらちゃんに電話した。
今日きてって言ってたくせに、何時ってラインしてなかったし。

『お疲れさま〜、駅前のカフェで時間潰してるから大丈夫だよ。』
「マジごめん寒いよね。」
『いや店内あったかいから。笑』
「ダッシュで帰るわ、あと30分後。」
『じゃあちょうどくらいに着くようにする。ご飯食べた？』
「うん。」
『わかった、じゃあね。』

急いで着替えようとスマホを置いた。
そんな俺を見て、ニヤニヤしてる男がひとり。

「…なに龍友くん。」
「いやいや〜？電話の相手だれなんかなあ〜？って。」
「……さくらちゃんとは付き合ってない。」
「うわやっぱさくらちゃんやったんや！」

…くっそ、墓穴。

「なんなん付き合うてないって。今完全にこれから会う感じやったよな？」
「…すみません僕急いでるんで。」
「まあええよ大体分かってるし。」
「えぇ…？」
「カナがな、また4人で飲みたい〜言うてんねん。ええやろ、あさってとか、20時には仕事終わるし。」
「えー…」
「頼むわ。可愛いカノジョのお願い断られへんねん俺、優しいから！さくらちゃんにも言うといて。」

じゃあ楽しんで！なんて背中を叩かれた。
ちょっとめんどくさいな
カナちゃんって俺、あんま覚えてないし。

って、今はこんなこと考えてる場合ではなくて
猛スピードで着替え、荷物持って外に出た。
4月でもまだ夜は寒いな。
夜の桜はちょっと不気味で
見えないように俯きながら、タクシーに乗り込んだ。


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