240メートルの誤算3【佐野玲於】

期待してた ページ9

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それからはもう、軽く口喧嘩。

人目を気にして店に戻って
ふたりで向かい合って。

脳裏にメンバーのみんなと、先輩たちの顔が浮かぶ。
こんなことで迷惑かけるわけにはいかない。
今が俺の人生の中で一番の勝負所なんだよ
俺が悪いけど
俺が全部悪いんだけど
でも、それでもやっぱり、この場を収めないと…

心を殺して、いくらほしいのって聞いた。
いくら払えば、黙っててくれる？
でも、Aちゃんはそうじゃなかった。
ずっと会いたかったって、言った。


伏し目がちに、小さな声でそれを言う彼女を見ていたら、ふとあの日のことが、頭をよぎって。

Aって呼んだら
なんか、すげー泣きそうな顔してたな
あれって、やだった？
…それとも、嬉しかった？どっち？

一瞬そんなことを考えたけど
ダメだってすぐ我に返って、事務所交えての交渉を切り出した。
情に流されるなよ、俺。

何度も冷静に、冷静ぶって、話したけど
そのたびにAちゃんは、眉間にシワ寄せて俺を見上げた。
やめてよその顔、って言いたかったけど、我慢。
俺も必死だったのに、
好きになりかけてて、って、Aちゃん、そんなことまで言うもんだから。

「……じゃあ俺どうしたらいいんですか。」
「……まず、お友だちになりたいです。」
「……絶対付き合わないっすよ。俺。」
「……期待してないです。」

…期待してない…


この業界に入ってから、こんな出会いは初めてで。
こんなふつうの
ほんとにふつうの、女のコ相手に、俺は

俺はたぶん、期待してたんだなあって
そのとき、思った。

Aちゃんがいいコだったらいいのにって
俺のこと、週刊誌に売り飛ばしたりしないでさ
ほんとに純粋に、俺を好きなだけの
ただ、ふつうの大学生みたいに
そういう関係を期待していたんだ。
憧れてたんだよ。俺にはもうありえないものだと思ってたから。


その日はクタクタで家に帰った。
タクシーの中、メンさんに何だったの？って聞かれて
オープン記念の時に俺に一目惚れしちゃったんだって、なんてはぐらかし
ああ今日は最悪な日だったなって
ベッドに横たわる。

そのとき鳴った携帯。
見ると、知らない番号。
不審に思いながらも通話に切り替えたら

「…はい。」
『あっ、え、あ、A です。』

携帯の向こうから聞こえるのは、確かにAちゃんの声。

クソ、悠太の野郎教えやがったな。
焦って切って、着拒した。
芸能人として、せめてもの抵抗。


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