240メートルの誤算3【佐野玲於】

いいやつ ページ40

.


視線を感じて、Aを見る。
その目はどこか自信なさげで、悲しそうだった。

誰がそんな顔させてんのかな。
俺？
俺が別れないから？
ああもうなんかめんどくさいや。
どうせ何言われても俺は、別れない。
それ確信してるのに、何戸惑ってんだ。
もういい、もう

「…ねえ、もっかい聞いていい？」
「え？」
「なんもないよね？…お前がずっと違うこと考えてんの、俺、気づいてないフリしてたらいい？」

できるだけ優しく、と思ってたけど
どうしても少し感情的になってしまう。
イライラするんだよ。
俺は本当に、お前のことになるとイライラする。

「…違うこと、考えてる？わたし。」
「…何だよその感じ。…すげームカつく。」
「…ごめん。」
「……話してよ、何があったの。」
「……。」
「……俺、悪いけど、別れるつもりないよ。言ったじゃん、2年前にも。」
「…なんで？」

不安そうに聞かれた。
信号の点滅を見つめながら、なんで、の答えを考える。
俺が別れたくない理由って、そりゃ、たくさんあるよ。

なんかもう家族みたいに当たり前の存在だし
別れたら、その穴を埋められる他の手段が無い。
大体俺はAのために仕事頑張ってんだから
Aがいなくなったら、どうなるか分からない。

そういうの、まとめてなんて言う？
好きなんだけど、いやそれは当たり前で
そんな言葉じゃチープ過ぎる。
でも複雑じゃ無いんだよ、俺がAを必要としてる理由はもっと単純で
なんていうか、もっと明白な、簡潔な

「……お前よりいいやつ、いない。」
「いいやつ…」
「……いいやつ。」

いい
やつ

俺にとってのAは、いいやつ。
そう思いついたと同時に、頭をよぎった。
昔何かの漫画で、いいやつって、自分にとって都合のいいやつって意味だなんて言ってたな。
…俺にとってのAは、都合のいいやつ？


そうやってまた深く考え過ぎそうになったとき
Aが小さく呟いた。

「……好きって言われた。」

その声を聞いた途端、一気に、身体の底から何かが湧き出てくる感覚に陥って。
思わず唇を噛んで耐えた。

…やばい、ああ待って、同じだよ
吉川くんのときと、全く同じ。
あのときも俺はこうして耐えてた。
Aをぐしゃぐしゃに壊してしまいたくなる衝動
ほんとに最低なんだよ、俺は。

ポケットの中で、拳をギュッと握った。
爪が手のひらに食い込んで痛くなるほど
そうでもしてないと、俺はたぶん、耐えられない。


.

二兎を追う者は→←財布

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す