240メートルの誤算3【佐野玲於】

悲しそうな ページ29

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通い慣れたアパート
階段を登り、突き当たりのインターホンを押す。

…ああ、変装してねえ。やばい。
頭痛いし最悪だ。

開いたドア。
ふわって鼻を抜けたAの香りに、ひどく安心した。
倒れこむように小さな身体を抱きしめる。
…会いたかった
飲みになんて行かずに、さっさとここに来たらよかった。

「…ごめん遅くなって。」
「えっ、ちょっと、ねえ…」
「……A、」

とんとん俺のこと叩いて、すげー抵抗してくる。
それにムカついて、もっと強く抱きしめた。
Aはたまによろけそうになりながら、俺をソファーまで連れてって。


さっきあの子に言われたことが、頭の中でループしてる。
俺がこの仕事してるだけで、彼女にとってメリットがあるって。

…違うね、それは違う。
俺らのこと何も知らないくせに、随分と…

なんて、ちょっと笑えた。
俺、性格わりい。最低じゃん。
ああもう、酔ってる。なんでだよ
せっかく会えたのに
明日からしばらく会えないのに

「…離して。」
「…やだよ。」
「……玲於くん、」
「…やだよ。」
「……なにしてたの？」

いつもより冷たい声で、Aがそう聞いた。

「…メンバーと飲んでて…」
「…うん。」
「めっちゃ楽しくてー…」
「…うん。」
「それで…」
「……それで…？」

…女の子が来て、お前と別れた方がいいって、しょうもないアドバイスくれたよ。
なんて言ったら、どうなるかな。
流れでまた、別れたいって言われるかも。

「……忘れた。」

そうはぐらかした俺を、Aは悲しそうな目で見てた。
わざとへらへらしてみせても、その目は変わらない。

Aは、俺が女の子と一緒にいたことに気付いてるみたいだった。
俺のこと、くさいとか言って。
それって、もしかしてあの鼻につく香水の匂い？
お前それが嫌でそんな顔してんの？

龍友くんが勝手につれてきた女の子だよ
俺には関係ないよ
言えば良かったんだけど、珍しく抱きついてきたりするもんだから、なんかこのままの方がいいやとか、酔った頭で思っちゃって。


そのあとは、なんの話したっけ。
全然覚えてない。

最後、キスしたあとにAの瞼がゆっくり開く瞬間
目が合うその瞬間を、逃さないように見つめて
またね、って、アパートを出た。


別れた方がいい？
そんなわけない。
勝手なこと言うなよ。
俺らのこと何も知らないくせに。


ポケットに手突っ込んで、ぼおっと歩く。
頭より、胸の方が痛かった。


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