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"生きててくれてよかった"


豹馬の瞳は潤んでいるように見えて、今度は私が言葉を失ってしまった。


「もし死んでたら出会えてなかったんだぞ、俺達」


よかった、と心底嬉しそうに笑う豹馬。


それはそうでしょ、だけど今はそうじゃなくて。


「今の聞いて、バスケじゃなくて事故の話する?」


「Aが必死に悩んで決めたことを、俺がとやかく言う筋合いなくない?」


豹馬は宝物を扱うみたいに、とても優しい手つきで私の頭を撫でる。


「俺にとってサッカーが存在意義であるように、Aにとってはバスケがそうだったんだろ?


それほど大事なものを失った辛さを、失ったことのない俺にはわかってやれない。


だからAが経験した過去や選択を、同情したり否定する権利もないんだよ。


それはAも同じだ。
あの頃のAの選択を、今のAが後悔したら駄目だ。


未来の自分が、正解にしてやれよ」


豹馬のくれた言葉達が、まるで砂漠に降る雨のように心を潤わせていく。


あの事故がなければまだバスケができていたはずだった。


未だにそれを考えて涙を流す夜がある。


だけど、起こってしまったものは仕方がない。


いくら悔やんだって過去は変わらないから。


後悔を、ずっと後悔のまま抱えて生きていく必要はないんだ。


失くしたものに囚われて過去に縛られるより、今あるものを大切にしなきゃいけない。


自分を変えられるのは、今を、未来を生きていく自分だけだ。


「…ありがと」


「おう。もっかい泣いとくか?」


「うっさい」


きっとこれからも、バスケがあった未来を想像する夜がある。


それでも、私だけは私を悲観したら駄目だと思う。


過去ばかりじゃなく、未来を見るんだ。


豹馬が正面に膝をついて腕を広げる。


「おいで」


今日二度目の涙は、彼の胸の中で静かに流した。

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作者名:にいな | 作成日時:2023年1月17日 18時

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