死人 (ページ4)

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逃げる最中、よく右脚が縺れたり、先の進軍でこね返されたのであろう泥濘に足を取られたりして転んだ。
体中が泥に塗れ泥人形のようになっても、山口は戦慄に身を任せ、只ひたすら走り、転び、立ち上がってまた走るのを繰り返すうちに、ふと気がつけば、密林の奥深くまで来ている。

やっと戦慄が冷えると、張った糸が切れたようにその場に膝から崩れて座り込んだ。
はぁ、と声混じりの長い息をついて上を仰ぎ見るが、木々が葉や枝を張り巡らせ陽を遮り、時間帯が早朝というのもあってか、辺りはほのかに薄暗かった。

…命拾いをした。

内心密かにつぶやき、すっと瞼を閉じる。
確かに命拾いした。だが、それによって一つ問題が生じてしまった。死に場所である。
ここで自決しても構わない…のだが、弾はまだまだある。手榴弾も4つ持っている。小銃に装着しっぱなしだったゴボウ剣が、その黒い刀身をぎらりと光らせた。ここで自決するには惜しい装備だと、我ながら思うのである。

『生きて虜囚の辱めを受けず』、というのは、戦陣訓の一つだ。
米軍がばら撒く投降を促す紙…もしそれで本当に生き延びられるのなら＿＿＿その先…大政翼賛会、隣組が目を光らせる社会に飛び込めば、今よりも苦渋に満ちた日々が待ち受けているであろう。
中隊内で耳にした噂だが、投降しようと武器を捨てて両手を上げジープに近づいた日本軍兵士が撃たれたらしい。こういったことがあるので、自分が知っている兵士はほとんど投降しようとはしなかった。

首を戻して今度は辺りを見渡すと、一人の日本軍兵士が木の幹に背中を預けているのが目に入った。

「お前さんは何処の隊の兵なんだ？」

試しに声を掛けてみたが返事はない。泥濘に体力を吸い取られ、此処で落伍したのだろう。恐らく…死んでいる。
立ち上がって歩み寄ろうとしたが、またもや右脚がもつれ盛大に泥濘に転んだ。
…役立たずの脚だな。
仕方がなく泥濘の中を這うようにして近づき、その兵士の近くに腰を下ろして泥を払った。