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戦後、帰ってきた日本は変わり果てていた。
まず、船から降ろされ駅に向かう迄に酷く冷たい目線を向けられた。…いや、もしかすると自分にだけ冷たいのかもしれない。汽車に乗ってからは人と目を合わせるのが怖くてずっと俯いていたが、どうも汽車の客全員に見つめられているような感じがして、とても気持ち悪かった。怖かった。
戸をガラリと開け、掠れた声で「ただいま帰りました」と呟いた、窶れた自分を見て母は喜んだ。
＿＿帰って来てくれてありがとう＿＿死んでしまったと思っていたよ＿＿ありがとう＿＿。
新しい、そしてもう二度と着ないであろうカーキ色の軍服に身を包んだ自分に抱きついて、縮んだ背を伸ばし、山口の背中をぽんぽん叩きながら泣いた。
彼も、若干躊躇ったが、母の背中に手を回した。
帰ってきたはずなのに、まだ周りに何かいるような。
銃を持って戦わねば。銃を持っていなければ、やられてしまう。アッ、銃が無い…。そうか、帰って来たのか…。
母の背中をさすりながら、山口の虚ろな瞳は遠くの島を見て、敵兵を見て、家の壁を見て、敵兵を見て…と、視線が定まらなかった。
「母さん、暑いよ」
「ああ、御免なさい。でも本当に良かった…今から夕飯作るわね。何も無いけど…貴方が帰ってきたんだもの。頑張らなきゃ」
そっと母の腕を離し、台所へ向かう母の小さな背を見送って、久しぶりに階段を上って自分の部屋に入る。
自分の身体に伝わる母の温もりを拒絶したくなった、自分が恐くなった。何故だろう。感じた瞬間に、あの機銃の時と同じように、心臓が、体の底がすっと冷えたのだった。
堅苦しい軍服を脱ぎ捨て、シャツの上から和服を着て畳に仰向けで寝転がる。
我が家、我が家だ。自分の部屋。
もう何も無い。
あの馬鹿馬鹿しい戦争は、終わったのだ。
窓の外の、先程まで赤かった夕焼けは、徐々に濃藍に侵食されつつあり、そこを数羽の鴉が飛び、どこか遠くに汽笛の音を聞いた気がした。
これほど平和な情景なのに、何故なのだろう？
窓を開けたらすぐそこが、戦場のような気がするのは。
暫く窓の外を眺めていると、船旅からの汽車の長旅で疲れていたのか、徐々に瞼が重くなり、手脚を投げ出したままうつらうつらし始めた。
……そういえば、この体勢も、あの場所で…。
まだ包帯を巻いている右脚が痛み出す前に、山口は暗闇に沈んで行った。
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作者名：嵩画@ブレリオ式単葉機 x他1人 | 作者ホームページ：
作成日時：2017年9月9日 22時
