第21話 ページ21
.
「まだぼくが怖いですか?」
微睡む心に読み聞かせるみたいに、酷く落ち着いた声が問いかける。
怖い訳じゃない。けど、先の見えない不安感が胸を襲う。
「こちらを見て下さい」。
動揺して、身を縮める。考える時間は与えられない。まるで弦を引く指に髪を撫でられ、揺れる瞳のまま顔を上げた。
「ぼくは寄り添いたいのですよ、貴方に」
暗闇でぶつかった紫水晶がにっこりと笑った。
『寄り…添う……?』
「ええ。……そうですね。例えば、貴方は名前では呼んでくれないのですか?」
『え?』と不安に眉を顰めた。
「──フョードル、と」
この人の、名前。
どうしたものか、横文字の名前に慣れて居ないせいか、それだけの事でドキリと緊張が走ってしまう。
自分の胸に長い指を宛て、世界平和を願う様な口振りで、さあどうぞと云いたげなドストエフスキーは、絶対的な目で私を見ている。
『………ふょ、……どる、さん』
「はい」
困って目を泳がせ、ぼそりと呟く私を愉しそうに眺めるドストエフスキー。
呼び名なんて興味のなさそうな顔をして、実は欲が深いのか。なんて、呑気に考えていた心に冷たい手が触れる。
『っ、』
「目を閉じて。そのままぼくの名前を唱えてください」
左耳に髪をかけられ、冷たい手がするりと撫でる。
子守唄を歌う様な滑らかな声が鼓膜のすぐそこで囁いた。
神経にまで響いたそれは、反射で身体を揺れ動かす。
思わず涙が目に浮かび、何もわからぬまま目を固く閉じた。
突然襲い来る恐怖。戸惑い、羞恥、混沌──支配。
震える手で、神に赦しを乞うように、胸の前で両手をぎゅっと強く握った。
──それを、微笑む魔人は、恍惚とした声色で喜ぶのだ。
「……嗚呼、矢張り貴方に、手錠や鎖は似合いませんね」
手錠に、鎖?
乾いた喉に冷や汗が絡む。今は自由な両手首を、冷たい手が静かに触れて、支えるように掴み取った。
音のしない神秘が部屋を包んでいる。
触れて、撫でて、確かめられて。お互いの呼吸が混じり合ってしまいそうな距離に、すぐそこに、ドストエフスキーを感じる。
声さえ出す事は許されない。
ただ広く閑散とした暗闇で、ただ目を瞑って、紫色の名前を唱え続ける。
「純真な天使よ。どうか貴方が、穢れを知らず、ぼくの手中にあらんことを」
───耳の下、顕になった白い首。
目を閉じた暗闇の中で、酷く冷たく神聖な水滴が、ゆっくりと近付き皮膚に触れた。

831人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「文豪ストレイドッグス」関連の作品

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
すみれ(プロフ) - 続き待ってますT ̫ T大好きです!! (11月24日 1時) (レス) @page22 id: afb728284e (このIDを非表示/違反報告)
橘スミレ(プロフ) - ヤンデレ感が大好きです! (2023年7月7日 2時) (レス) @page22 id: 4832f2335e (このIDを非表示/違反報告)
くじら(プロフ) - ヤンデレ感がほど良く良きかなぁっって感じです! (2023年4月7日 9時) (レス) @page15 id: 85541f6d4c (このIDを非表示/違反報告)
りり - この作品、面白くて大好きです! ドス君可愛すぎて悶絶してます!応援してます!頑張ってください。本当に最高です!! (2023年3月14日 14時) (レス) id: a887dfa2de (このIDを非表示/違反報告)
ヲタク - ゴーゴリ君とドス君かわいいです(*´∇`*)ほんとすきです!応援してます‼ (2023年3月3日 23時) (レス) id: f2a2ba5f11 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ