雨 ページ2
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「____お、仕事帰りか?お疲れさん」
私の足音に気付いたのか、その人は傘から此方に顔を覗かせ、ふんわりとした笑顔ではにかむ。
深くて優しい碧の瞳に、緩く弧を描いただけの口元。湿気でぴょこっと跳ねてる髪の毛。格好善いだけじゃ言い表せないくらいにこの人は格好善くて可愛いの。
そう、一つ一つを見る度にまた胸が締め付けられる。
駆けつけるとその人は困ったように眉を下げた。
「また走ったのか?ったく、手前は本当に雨が好きだな」
目を細め、口を横に開いて云う彼は本当に判ってない。
貴方のせいですよ、なんて、一言さえ云える訳もない。
「だって雨ですよ!好きなんです、」
「はいはい、手前の雨愛はいっつも聞いてる。久しぶりだな」
「はい!お久しぶりです!」
やっぱり覚えていて呉れた。
雨の日の集会。雨の日の、暗黙の了解。
雨の日だけ私はこの人に会えて、雨の日だけ、この人は此処へ現れる。
見知らぬ人、赤の他人。だけれど胸は踊っている。
名前も年齢も職業も知らない、ヨコハマの人。
私が知っているのは容姿と声だけ。
だから“この人”は私を手前と呼び、私はこの人の事を呼んだことが無い。
けれどそれでも、この関係は成立している。それでいい。
何時でも悩みを聞いてくれて、どんなに味の無い世間話だって笑って聞いてくれる。
「何ニヤケてンだよ、新しい傘が使えて嬉しいのか?」
「気付いてくれたんですか!ふふふ、ふふ、ふふ」
「だからニヤケんなって」
「あ、髪切っただろ」と私の前髪に触れる黒い手袋。
「えっ、き、切りました、あのですね!明日から派遣が終わって本社で働くんですが。そう本社復帰!」
「……なァに照れてンだ、なあ?」
バレた。
下から覗く様にニヤつくその人に何度も驚きときめいて、思わず仰け反ってしまうのだ。そういう事はやめて欲しい。
気付いて居ないのかそれとも、確信犯なのか。
やめて欲しい、訳、ないけど。嗚呼、久しぶりで、その分嬉しさが倍増してる。心臓がうるさい。
「……ごめんなさい、」
顔を手で覆って、緩む口元を隠して、こっちを見ないでと祈るのに
「傘邪魔、こっち来いよ」
「聞こえねェ」と傘を退けて、私の傘なんか落ちちゃって。
無理だ。無理。目を開ければすぐそこにいる。すぐ隣で彼のいい香りがして、耐えられない。
「___わりィ……。もう行く時間だ」
「え?あ、は、はい!それじゃあ…」
またね、なんて、云えない。
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にんじんさん。(プロフ) - 素晴らしい作品をありがとうございます…! (2019年6月4日 16時) (レス) id: 13fcb4bada (このIDを非表示/違反報告)
白狐(プロフ) - あなたもしや…、中也推しですか!? (2019年1月7日 0時) (レス) id: b607d0f086 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - 白井なでしこさん» コメントありがとうございます。ありがたい言葉ばかり並んでおりますね笑とにかくありがとうございます!頑張ります! (2018年3月30日 13時) (レス) id: 9d2314264a (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - 月ノ輪さん» ひゃー、お世辞でも嬉しすぎます…。前作もありがとうございます!そのコメントだけで次も頑張れますので期待に応えられるように書いていきますね!コメントありがとうございました!! (2018年3月30日 13時) (レス) id: 9d2314264a (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - ユーナ橘さん» ありがとうございます…!少しでも雨に対する思いが伝わればいいな〜と思います。こちらこそ最後まで読んで頂きありがとうございました! (2018年3月30日 13時) (レス) id: 9d2314264a (このIDを非表示/違反報告)
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