第42話【完】 ページ42
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心地の良い港風が抜ける木陰の下。唸る汽笛が青空に響き、真っ白な客船が空と海の境界を縫って行く。
ヨコハマの外れ。坂を登れば、閑静な外国人墓地がある。
その隅っこで、木漏れ日に輝く手のひら程度の花束が小さく揺れていた。
『……こんな所にあったんだ』
「嗚呼。善い景色だろう?」
目を開けて、合わせた手を離してから其処を見詰める。
S.ODAと彫られた墓石には計り知れない暖かさがあった。
太宰が珍しく「行きたい場所がある」と、早朝から云い出すものだから何かと思った。
『それなら早く教えてよ』
「んー?だって」
昨日強く叩き過ぎた頬に脱脂綿を貼った太宰が、ふんわりと墓石の前に座り込む。それはまるで友人と目を合わせるみたいに。
「織田作、紹介するよ。私の彼女だ」
ぽかん、と目を見開いた。
私の脚元で頬杖を付き云う太宰が、墓石に優しく微笑んで居る。当然の如く墓石は何も云わない。その代わりに、港風が舞い込んで、花を揺らした。
──まるで、返事をするように。
「報告したかったんだ。一番に」
『織田作さんは何て?』
「……さあ。でも織田作の事だから、もう知って居ただろうね」
『ふふ、確かに。あ、でもまだ中也には云わないで』
「うげ、蛞蝓の話するの辞めてくれないかな」
『仕方ないじゃん。同僚なんだし。それにあんたら本当は仲善いでしょ』
「冗談でも辞め給え。割と本気で」
花の香りが身体を包む。
外国人墓地を抜けた風が砂色の外套を泳がせた。
少し強い位の太陽に照らされて、歩幅を合わせて石畳の道を踏む。その坂から見える景色は酷く穏やかで、数年前と何も変わりはしない。
───変わったのは。
こうして隣を歩く時、手の平に温もりがあると云う事だけ。
私達は、歪で複雑で、最悪だった。
それは愛とか恋とか友情じゃない
依存や主従や独占欲、そんなものでも無くて。
言葉に表すとしたらその全部。
私にとって、私の人生は、全部全部、太宰だった。
いつからこうなってしまったのか。
それはきっと、私が此奴に奪われたと認識した
出会って最初の、その瞬間から。
『一蓮托生、苦楽を共に……ね』
「なんだい?それ」
『呪いの言葉』
「?」
道端に咲いたなずなが風に揺れた。
それは太宰と初めてあった日
森さんの医務室に飾られていた花だった。
─fin─
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空浮 - 気づいたら全部読み終わってました!めっちゃ感動しました!ありがとうございました (3月26日 16時) (レス) @page45 id: 29094487c6 (このIDを非表示/違反報告)
(3)(プロフ) - この儚い感じがめちゃくちゃ好きです!!なずなの花言葉見て尊敬しました!素敵なお話をありがとうございました!! (9月22日 22時) (レス) @page43 id: 3b6fa5f09a (このIDを非表示/違反報告)
べべべーべ(プロフ) - ぼろっぼろに泣きました。とても素敵な作品でした。中也の立場にも胸が締め付けられました…ありがとうございました (9月12日 19時) (レス) @page45 id: 49ba69b450 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - aさん» 密かでも死ぬほど嬉しいですここまで長くなってしまい申し訳ありませんでした!並びにお付き合い頂いて本当にありがとうございました!完結できたのは読んでくださった皆様のおかげなので…コメント噛み締めて余韻に浸らせて頂きますね…ありがとうございました! (2023年3月31日 20時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - yuuki Sさん» 最後まで本当にありがとうございました…!何度もコメントくださってとても嬉しかったです。私のモチベでした( ᐪ ᐪ )♡寂しいと言われこちらも寂しくなってしまいました。終わらせるのが惜しいです。本当に最後までお付き合い頂きありがとうございました! (2023年3月31日 19時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
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