第37話 ページ37
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「───有島幹部補佐が」
『───首領、失礼します』
弱々しく扉の向こうに語りかけ許可を得ようとする警備を退かし、私は重く高級な仏式扉を開けてズカズカと其処へと入り込んだ。
きっと、こんな無礼、先代の首領なら殺されて居た筈だ。
けれど今の首領ならば。
「………Aく……否、有島君?」
「手前、何で此処に」
『何でって。
自分が所属してる組織の拠点に居ちゃあ変?』
案の定、私の登場にあんぐりと口を開けた首領と目を見開く中也に正論を突き付ける。まるで幽霊でも見る様な目だ。私が此処に居るのがそんなにおかしいのか。
「……いや、違、だって手前」
『だって、何?』
隣に立った中也は動揺して目を揺らして居る。
今だけは幹部の風格も、普段の威勢さえ微塵も感じない。
昨日の夕方ぶりの青い瞳だ。
小さくなった瞳孔を真っ直ぐに見詰め、少し笑いかけてから、椅子に座った首領にくるりと向き直った。
『首領、休暇のお気遣いありがとうございました。
もう万全ですので今直ぐにでも仕事を下さい』
「……善いのかね?私は、一度しか目を瞑らないよ」
首領は静かな瞳で私を見遣った。
───善いのかね。
其れに主語はなくて。ただ優しい声が知らぬ振りをした。
『いやだなあ。歓迎してくれないんですか?首領』
マフィアの首領らしくない問いかけに肩を竦め、まるで反抗期の娘を伺う父親の様な瞳に呆れ笑いを零した。
確かに、私には、違う道に進む選択肢もあったけれど。
『やっぱり……私には今更、捨てる事なんて出来ないので』
上げた視線の先。
夕日は沈み、街には薄らと青紫の
目を閉じなくても蘇る、あの日此処から始まった私の日々。
先代に殺されそうになった私を拾った首領。私を育ててくれた広津さん。上司の理不尽を受けた日も、友人の悪戯に屈した日も、耐え難い程の任務に当たった日も、友人の涙を慰め揶揄いあった日も。
大切だと気付いた人が居なくなって、独りになって、泣きじゃくった日も。
嬉しさ、悲しみ、怒り、辛いも苦しいも。
今まで乗り越えた全部。全部を含めて、私の、人生だから。
『……生憎、情けない幹部も支えなきゃいけないしね』
急に自分に視線が向いて、丸くなった青い瞳。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったみたいな阿呆面に、意地悪く、笑ってみせた。
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空浮 - 気づいたら全部読み終わってました!めっちゃ感動しました!ありがとうございました (3月26日 16時) (レス) @page45 id: 29094487c6 (このIDを非表示/違反報告)
(3)(プロフ) - この儚い感じがめちゃくちゃ好きです!!なずなの花言葉見て尊敬しました!素敵なお話をありがとうございました!! (9月22日 22時) (レス) @page43 id: 3b6fa5f09a (このIDを非表示/違反報告)
べべべーべ(プロフ) - ぼろっぼろに泣きました。とても素敵な作品でした。中也の立場にも胸が締め付けられました…ありがとうございました (9月12日 19時) (レス) @page45 id: 49ba69b450 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - aさん» 密かでも死ぬほど嬉しいですここまで長くなってしまい申し訳ありませんでした!並びにお付き合い頂いて本当にありがとうございました!完結できたのは読んでくださった皆様のおかげなので…コメント噛み締めて余韻に浸らせて頂きますね…ありがとうございました! (3月31日 20時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - yuuki Sさん» 最後まで本当にありがとうございました…!何度もコメントくださってとても嬉しかったです。私のモチベでした( ᐪ ᐪ )♡寂しいと言われこちらも寂しくなってしまいました。終わらせるのが惜しいです。本当に最後までお付き合い頂きありがとうございました! (3月31日 19時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
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