第30話 ページ30
.
「こんなに欲深くなったのは君の所為だよ」
「ちゃんと伝わって居るか心配だな」
「云っておくけれど、私は相当重いからね」
「貰ってくれるのだろう?私の事」
「了承したからには全部、受け止め給えよ──」
飄々とした腹の内側に隠された独占欲や嫉妬心。
四年の間に募った愛は、一度に受け取るには大きすぎる。
それなのに。無理に押し付ける自分勝手な手からは逃げられなくて。
「A」「好きだよ」
「大好き」「可愛い」「此方見て」
四年分の愛を囁かれ、撫でられ、腕に仕舞われ、これでもかと云うほど長い間に沢山名前を呼ばれ続けた。
あんなに優しく甘えた太宰は初めてだった。
瞼を閉じれば今も、耳の後ろであの甘い声が再生される。
微睡みの中。
カーテンに薄く掛る黎明の訪れを感じて、ゆっくりと目を醒ました。
相変わらず散らかった部屋はしんとしていて物音ひとつしない。
訊こえるとすれば、外を走る新聞屋のエンジン音と、背中で寝ている大型の猫の寝息だけ。
皺の付いた布団から上半身を上げた。
早起きの癖がついた頭は起床をご所望で、疲れた身体を畳みながら気だるげに部屋を見渡す。
「──何処行くの」
すると、長い腕がするりと腰に巻きついた。
布擦れる音に紛れて、寝起きで特段低い鼻に掛かった不機嫌な声が私の行動を妨げる。犯人は、勿論一人だけ。
『……、シャワーくらい貸してよ』
「善いけど。まだ駄目」
『まだって、ちょ』
二度寝なんて出来ないのに。
有無を云わさない手がまた、温もりのある布団に引き摺り込んで離さぬよう後ろから抱き着いた。
回る腕と絡む脚。体格差のありすぎる睡魔に包み込まれたなら、もう、抵抗は不可能。
「……じゃあ、昼までおやすみ。A」
抱き枕の様に確り前で固定された腕。
まるで動く気などさらさら無い気怠さと苦しさに諦めたくもなるが、私には今日、やらなきゃいけない事がある。
故に腕を引き剥がそうと精一杯の力で抵抗したが──。
「暴れないでくれ給え」と、簡単にあしらわれ、寧ろ自由だった両手は掴まれ其の儘片手に固定される。
嗚呼、もう観念するしかない。
真逆私が二度寝をする日が来るなんて。
トホホ、と敗北感混じりの溜息と共に力を抜いた。
変わらず高い体温の中で目を閉じて、安っぽい洗剤の香りをめいいっぱいに吸い込んだ。
嗚呼……これじゃあ───
武装探偵社に着くのは、夕方になってしまいそうだ。
*
812人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
空浮 - 気づいたら全部読み終わってました!めっちゃ感動しました!ありがとうございました (3月26日 16時) (レス) @page45 id: 29094487c6 (このIDを非表示/違反報告)
(3)(プロフ) - この儚い感じがめちゃくちゃ好きです!!なずなの花言葉見て尊敬しました!素敵なお話をありがとうございました!! (9月22日 22時) (レス) @page43 id: 3b6fa5f09a (このIDを非表示/違反報告)
べべべーべ(プロフ) - ぼろっぼろに泣きました。とても素敵な作品でした。中也の立場にも胸が締め付けられました…ありがとうございました (9月12日 19時) (レス) @page45 id: 49ba69b450 (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - aさん» 密かでも死ぬほど嬉しいですここまで長くなってしまい申し訳ありませんでした!並びにお付き合い頂いて本当にありがとうございました!完結できたのは読んでくださった皆様のおかげなので…コメント噛み締めて余韻に浸らせて頂きますね…ありがとうございました! (2023年3月31日 20時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
高澤白(プロフ) - yuuki Sさん» 最後まで本当にありがとうございました…!何度もコメントくださってとても嬉しかったです。私のモチベでした( ᐪ ᐪ )♡寂しいと言われこちらも寂しくなってしまいました。終わらせるのが惜しいです。本当に最後までお付き合い頂きありがとうございました! (2023年3月31日 19時) (レス) id: 4197b069bb (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ