第56訓 遅延証明書って欲しい時に限ってもらえない ページ10
「ほんまおおきに、お名前を聞いてもええどすか」
「あー、ちょっと京都で暴れたのバレるとやばいから。まぁ定番の"名乗るほどのもんじゃありません"ってことで」
女の子の縄を解いてあげるとすぐに立ち上がってペコリと頭を下げる。
危機的状況だったのにすごい礼儀が正しい子だ。
「お家送ってあげられないんだけど、帰れそうかな?」
「はい、いけます。おねえはんも気ぃつけて」
7、8歳くらいだろうに落ち着いた京都弁を話しながら女の子は表路地の方へと消えていった。
「京都って危ないところなんだなぁ。あんな可愛い子狙われるわそら」
致命的なタイムロスを喰らってしまい刀を荷物へ戻すと元の道を小走りで駆けた。
「ずいぶん遅かったな」
「申し訳ありません。道中迷ってしまいまして」
「逃げ出したのではと気を揉んだよ」
ずいぶんな嫌味だが、笑ったまま奥歯を噛み締めた。
「京言葉をお話にならないんですね」
「もとは江戸の育ちでね。妾の子だが、親父が死んだ際に嫡男が居ないと京都に連れてこられたんだ」
自分の生い立ちもサラッと笑い飛ばしたこの男こそが、今回の取引相手。
何やらでかい屋敷の割には使用人は少ない様に見える。
「今回のお約束の方確認させて頂いても?」
「輿入り…いや内縁入りと引き換えに真選組の先3ヶ月分の支援金、その後は1ヶ月毎に活動支援という約束だったと覚えがあるが」
今回誰にも言っていないことが1つ。
私はこの家に嫁ぎにきたのではない。いわば妾として人質に取られにきたのだ。
今の真選組に私の嫁ぎ先を洗う余裕はないからバレることはないだろう。
「はい。大丈夫です」
「では同意の握手とともにいまから全ての行動は制限させてもらう」
「はい」
「少しでも知れぬ動きをした際今回の話は全てなかった事にする」
「はい。旦那様」
「刀と、携帯を預からせてもらう」
どこに控えていたのか側近の男が近づいてきた。
「荷物の方を改めさせて頂きます。問題のないものは後ほどお返しいたします」
人質としては当然の処遇だろう。こうすれば真選組が安定した後も私を取り戻しに乗り込むことすらままならない。
「それでは同意の握手を。近くに」
差し出した手は強く掴まれ、ぬるりと冷たい感覚が這う。舐められたところで長い舌だなとしか思わなかった。
「ふはは、嫌そうな顔もしないのだな。噂に違わぬ上玉だ」
頬を掴まれ顔の左右から体まで舐めるように見渡される
「お前は高い買い物だ。まぁせいぜい長持ちしろよ」
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作者名:愛総 | 作者ホームページ:https://twitter.com/iso_0708/status/1468333379636834307?s=21
作成日時:2021年8月27日 20時