第84訓 それはじわじわと降り積り耐えられなくなった時にその重さを知る ページ38
「兄ちゃん」
「どうした」
妹は何か言いたげに隣に座った。
縁側はまだ冷えるのにやけに薄着だ。いつもなら臭いと文句を言う煙にも嫌がる素振りを見せない。
なるほど、18年も見てくれば大体はわかる。そっと頭を肩に寄り掛からせポンポンと撫でつけた。
「寒くねーか」
「うん」
椿には先日よりも雪が乗っていた。
「辞めても居ていいんだぞ」
「ううん」
兄としては嫌な事だが、Aは人の死にふれ過ぎてる。
自分は平気だと思い込んでいるだけで、転がる様に状況が変わり疲れている心が久しぶりに悲鳴をあげてるのかもしれない。
「奥ですごく冷たくなってた」
若瀬から報告を受けた。
小さくくるまれたその子も早急に親御さんの元に帰す予定だ。
「お前のせいじゃない」
「あとね、ごめんなさい証拠消しちゃった」
「そうか」
「近藤さんには言わないで」
「わかった」
音が雪に吸い込まれる夜。当たりは静かだ。
「初めて人を斬った時、お前が2歳の時、兄貴達の俺を恐れるような目を忘れない。必死だった。玄関が鉄臭くて。奥の部屋でギャンギャンお前が泣いてるのがとにかく頭に響いてうるさかった」
「そう」
「とにかく血が気持ち悪くて慌てて水で洗い流したり、岡っ引きが来て色々してる間もAが泣くから痺れ切らして部屋に入ったらお前が笑ったんだ。"にいー"って手を伸ばしてきて。その時あいつらを殺して本当に良かったと思ったよ」
まだなんとなく血生臭い気がする手に小さな手が触れた瞬間。
暴漢を切りつけてなければ今頃妹は、と思うと安心して力が抜けた。
「守っただろ?お前は。自分の部下と子供達を」
「でも」
「失った物を数えるのは悪い事じゃない。でも助けた命を無かったことにするな。その強さで、何度も俺や近藤さんを助けてきた。兄貴的には強くなって欲しくなんか無かったが。救われたのは事実だ」
Aがまだ18歳たる弱さを持っていたことに心底安心した。
下手な大人よりも達観しすぎて、何かに付けて早く死んでしまいそうなこの妹。
まだ俺に守られてくれるか
まだ頼れる兄で居られるか
「A〜おせぇさみィんだよ」
「ほら、もう大丈夫か?憎たらしいガキが呼んでる」
「うん。ありがとう」
椿の木が積もりすぎた雪を落とす。
あの木の様に折れずしなやかで居られる様に。壊れる前にその肩の荷が下ろせるところが有ります様に。
「死ね、土方」
どうやらそのポジションに兄は長く居られないらしい。
「はぁ、嫌われねーうちに禁煙すっか」
タバコを消し、Aからもらった電子タバコを咥えた。
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作者名:愛総 | 作者ホームページ:https://twitter.com/iso_0708/status/1468333379636834307?s=21
作成日時:2021年8月27日 20時