第59訓 憔悴 ページ13
あの倉庫を見て以来、何かAの中に引っかかるものがある。
水に沈んだ後、目覚めると乱雑にタオルをかけられて倉庫に放置されていた際、Aは中を調べていた。
日焼けの跡以外にあった痕跡は、僅かに残る白い粉
あの後も1週間ほど警察で行われる様な拷問が続いて、2週間前からパタリとあの男からの接触が無くなった。
朝目覚める前に食事が置かれ、夜もいつの間にか部屋の外に置いてある。
食器は部屋の外に置いておけば次の食事の時には片されていた。
「今度はそういう感じね」
これは意外にも気丈なAに応えた。
人を殺すのは無限の時間。文字通りの無で、終わりのわからない時間だった。
連絡手段も、誰との会話もない。
目覚める時間も眠る時間も少しずつずれて行く。
2週間前の力に任せた服従の時間がまだマシに思える。
体の至る所についた痣は変色していた。
「…帰りたい」
Aは今日も何時だか正確ではない時に指輪の箱を握りしめて眠りについた。
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時を同じくして、真選組。
沖田は自室で落語を聞きながら窓の外の月を眺めていた。
耳につけているそれはAから送られた高性能のものであるが、良い音質でも耳から入っては脳を通さずどこかへ流れていく。
「総悟、明日出発だがいけるか」
外部音を完全に断ち切っていた沖田は、近藤が手を置いた時にようやく存在に気づいた。
「ええ、準備はできてやす。あいつらも荷造りは終わってやした」
しばらく抜け殻の様だった1番隊も若瀬が副隊長代理についたあたりから至って真面目に業務をこなしている。
以前から考えられないくらい真面目に。
周りから見ればそれは気持ち悪さまで感じるくらいだった。
「会津で北の方は最後だな」
「難しい事はわかりやせんが、このペースなら夏までには江戸にって調子ですかねィ」
「あぁ。四番隊に任せた他の地域も順調そうだからな」
真面目な話をしながらも近藤は心配そうに眉を下げる。
沖田に昔の様な覇気はない、若さゆえの勢いも今は鳴りを潜めている。
「総悟、たまには相談してくれても…」
「近藤さん気持ちは嬉しいでさァ。だがいくら誰に相談したってどうにもならねぇのはわかってる。
仕事はちゃんとしやす。
あいつらもその方が気が紛れるんでね。部下がやるならついてかにゃならねェ」
近藤は励ます言葉が思いつかなかった。
そのうち沖田らしくない緩やかな笑みを浮かべると「明日早いんで」と床についた。
「おやすみ、頼りにしてる」
ポンと布団の上から肩に一つ手を置くと近藤は沖田の部屋を後にした。
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作者名:愛総 | 作者ホームページ:https://twitter.com/iso_0708/status/1468333379636834307?s=21
作成日時:2021年8月27日 20時