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陌貳拾參 ページ30

「ちょ、ちょっと待って下さいAさん。今すぐそっちに行きます!」


「いやいやいや、時透君本当に無理しないで。その怪我でこの高さから下りたら間違いなく脚を滑らせて、アッ!!」


言わんこちっちゃない、彼はずるりと脚を滑らせて真っ逆さまに此方に落ちてきた。慌てて抱き止めようとするが、あまりの勢いにそのまま倒れ込んでしまう。


「「あ、」」


気が付けば、鼻と鼻が触れてしまいそうな位置に彼はいた。思考が停止して、動けなくなる。


端から見れば押し倒されているように見えるだろう。何時の自分なら慌てて突き飛ばしてしまうのだろうが、そう出来ない理由があった。


青臭い草の香りと、湿った土の匂いが鼻をつく。






「…その、どうなさったんですか?」


野原の中心で突然押し倒され、困惑しながら彼に尋ねる。静かに此方を見下す赤い瞳からは、その意図を汲み取る事は出来ない。


…彼が何を考えているのか分からないのは日常茶飯事だ。小さく溜め息をついて、彼の言葉を辛抱強く待つ。


青臭い草の香りが、つんと鼻の奥を通り抜けた。


「……お前を、いとおしいと思った。」


漸く口の端から絞り出された言葉に、目を見開く。当の本人は気恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。


一体何がどうしたら、いとおしいと思う気持ちが此処で押し倒す事に繋がるのか、全く分からない。


…本当、不器用な人だな。


「ふふっ、私も愛してますよ。緑壱様。」








顔にかかる吐息がくすぐったい。小さく笑って、完全に静止してしまっている彼の体を優しく包み込んだ。


「生きていてくれて、本当に良かった。」


その一言で、彼ははっとして漸く起き上がってくれた。彼に差し出された手を握って、私も上体を起こす。


「Aさん、俺は貴方に感謝しなければならないんです。」


「…ふふっ、記憶が戻ったんだね。それで何かな?」


「上弦と戦ったとき、一瞬諦めてしまいそうになりました。けれどもその時確かに貴方の声かが聞こえたんです。


『諦めるな』と。


貴方の稽古のお陰で、俺は上弦の伍に打ち勝つことが出来ました。」


記憶が戻って、感謝されて本当に嬉しい。だが今はそれどころではない。


「上弦の、伍…?」


「はい、そうです。」


ねぇ、薺。


「そっか。」


大切な仲間が、仇を取ってくれたよ。


「有り難うっ、本当に有り難う!!」


涙が溢れ、そのまま彼に抱き締める。





これで貴方も少しは救われたかな。

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酸漿(プロフ) - きなこ餅さん» 有り難う御座います。これから続編を書いていくので、そちらの方も是非お楽しみください。 (2019年10月20日 21時) (レス) id: 511b02f073 (このIDを非表示/違反報告)
きなこ餅 - たくさん伏線がはられていて、読む度にドキドキします! これからも更新頑張って下さい! (2019年10月19日 21時) (レス) id: 3d1d19266b (このIDを非表示/違反報告)
酸漿(プロフ) - 神桜佳音さん» 嬉しいコメントありがとうございます(^-^)励みになります。これからもどうか宜しくお願いします。 (2019年10月13日 19時) (レス) id: 511b02f073 (このIDを非表示/違反報告)
神桜佳音(プロフ) - ようやく納得しました…!話が深い…。辛い。けど、すごい好きです!無理されないで更新されてください!続き待ってます! (2019年10月10日 19時) (レス) id: 78c574c661 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:酸漿 | 作成日時:2019年9月21日 18時

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