Ep.49 空気のひりつき ページ49
「……よし」
密かに気合いを入れ直し、ハンカチをはたいて歩き出した。
顔面に水をおみまいしたせいで前髪が濡れている。顔はハンカチで拭えても、こればかりは自然乾燥に任せるしかない。目ざとい彼女なら気付くだろうな。私の精神状態も推して知るべしということだ。
「(まあ、だからといって別に……)」
ロビーと隣接したレストランへ戻るべく歩いていると、前から一人の男性が歩いてきていた。この通路の先には喫煙室や客室フロアへ繋がる階段もある。とはいえすれ違う人間が気に留まるほど妙に人通りが少ないのは、やはり時期的な問題でホテル自体が閑散としているせいか。
あ、スマホを忘れた。ポケットを探って、少し考えて、テーブルに置きっぱなしだと気が付いた。しまったな、端末にはロックをかけてあるけど……。
────肌が、空気のひりつきを感じ取った。
些細なプライバシーの心配などは、瞬時に警戒モードへ切り替わった脳に弾き飛ばされた。何かがおかしい。さっきまでと違う。
「(…………これは、視線? また……)」
胸のざわつきを覚えたまま、ロビーから歩いてきた男とすれ違う。
そちらを見ることはしなかった。遠目での観察と視界の端に映る印象で分かったのは、平均をやや上回る背丈と、均整のとれた丈夫な体付き、金髪とサングラス。服装について奇抜な点はないが、マウンテンパーカーを上まで閉めているのが息苦しそうに感じる。
間違いない。コイツだ。
けしてこちらに注意を向けているとは思えない、ある種堂々とした挙動。もし私が今振り向いても目が合うことはないだろう。けれど確実に私を見ている。肌と無意識でしか感じ取れない透明人間の監視。
ああ……そうか。
今朝も、そうして私を見ていたのか。
「その他」の乗客に紛れ込み、同じ空間にいながら決して位置を悟らせず。
不思議の国のチェシャ猫のように、森を漂う霧のように。
「あの……落としましたよ」
煌びやかさから隔絶された閑静な通路に、遠慮がちな声が反響した。
男は足を止めた。しかし振り返りはしなかった。声をかけられたことは明白なのに、決して背後を見ようとしない。
一方、女子高生は何かを拾い上げる仕草を見せ、さも当然のごとく立ち止まった男に歩み寄った。
「はい、これ……」
そっと手を伸ばす。男の肩に触れるまで数センチの距離。
そして────微風が通った。
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ほろにがクラゲ(プロフ) - カミレさん» 以前から!ありがとうございます🙏😊✨自分が好きなものをずっと書いてますが、喜んでくれる方がいると思うととっても嬉しいです…!✨ またよろしくお願いします! (2021年11月2日 15時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 以前からほろにがクラゲさんの作品が大好きです。久しぶりに占ツクに来てみたら、新しい作品があってとっても嬉しいです。お話の構成とスピード感、尊敬してます。今回も面白いお話をありがとうございます! 応援してます! (2021年10月29日 14時) (レス) @page14 id: 6ee71cea05 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - ふれあさん» コメントありがとうございます!ホントですか…嬉しいです…🥺更新頑張ります! (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - 鈴凛さん» コメントありがとうございます!お好きと言っていただけると自信になります…✨✨ (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
ほろにがクラゲ(プロフ) - snowcatさん» コメントありがとうございます❗あっという間…好み…とっても嬉しいです…😊✨これからも頑張ります! (2021年10月24日 17時) (レス) id: 353f334da7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ほろにがクラゲ | 作成日時:2021年9月7日 21時