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ページ35

万年桜の木の下で、狐は佇む。
傍には座敷童子の少女がいて、その様子を心配そうに見守っていた。

「…お鈴、お前さん‘漆桶’って知っとるか?」

「……しっつう…ですか?」

何も喋らず、ただ桜を見ていた狐が不意に口を開いたかと思えばそんな事を聞いてきた。
少女は首を傾げる。

「その様子だと、知らんようじゃな」

「鈴は無知です。しっつう、とは何なのでしょう」

「あぁ、漆桶というのはな。
字の通り、漆を入れた桶の事じゃ」

「桶?」

「桶の中に入っておる漆は、濁りのない‘黒’。
黒すぎて、何も見分けがつかないことを意味する。
丁度、わしの心のように…のぉ」

「A様…」

桜から目を逸らし、狐は己の胸に手を当てた。
その姿が余りにも儚く、悲しく、少女は駆け寄りその足にしがみついた。

「…どうか、居なくならないで下さい。A様」

「おいおい、何故わしが居なくなるなんて…」

「消えてしまったのではないか…少なくとも小官はそう思った」

突然聞こえた低い声。
狐は驚き、振り向いた。

「…海坊主」

「お前の驚いた顔を見たのは久しいな。
小官の気配が分からなかったか?それ程までに、盲目したかA」

「なんじゃ、わしに喧嘩でも売っておるのか?」

「喧嘩なんかではない、説教をしに来た」

「説教なんぞ、される覚えは無いが」

「……本当にそうか?」

「……」

お互いに、心当たりがある。いや、それしかない。
けれど狐はそこに触れてほしくない。海坊主は何故あんな事をしたのか知りたい。

「鈴、席を外してくれるか」

海坊主がそう言うと少女は少し躊躇ったが頷き、朧車の待つ場所へと向かった。

狐はその様子を見届けると、桜の幹に寄りかかり腰を下ろした。
そして煙管を取りだし、吹かす。

「A、何故……奥方の記憶を消した」

「その呼び名、やめてくれんかのぉ海坊主」

「何故だ」

「彼奴は幻太郎(今世)であって幻太郎(前世)じゃない。奥方という呼び名は、彼奴にとっては嬉しいものじゃない」

「……同じ、では無いのか」

「ははっ、理解出来んじゃろぉ?
わしも、理解出来んかった…」

理解なんて出来ない。
それでも、理解しようとした。

けれど、遅かったのだ。

「今の幻太郎は、わしでは幸せにできん。
離れたいと、愛さないと言ったのは幻太郎の方じゃよ」

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ふぃっく - 一番気になるところで終わるのがウズウズします!!!!!!ぜひ続きを書いてください! (2023年4月16日 14時) (レス) @page38 id: 634615dde5 (このIDを非表示/違反報告)
心春(プロフ) - ロールロールさん» コメントありがとうございます。最近更新出来ずに申し訳ありません…。近々更新致します。あたたかいお言葉ありがとうございます。 (2020年4月5日 12時) (レス) id: 3f9e794f84 (このIDを非表示/違反報告)
ロールロール - はじめまして!とても楽しみに更新待ってます!体調管理に気をつけてください!応援してます。頑張ってください。 (2020年4月5日 0時) (レス) id: d8adda4a88 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:心春 | 作成日時:2020年1月12日 9時

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